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病 室

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 幸恵は、睦樹が眠る病室にいた。

 所用を済ませて家に戻り、ゆっくりしようと腰を下ろしたと同時に警察から突然の電話が鳴った。
 睦樹が、意識不明の重症で病院に搬送されたとの連絡であった。

 幸恵は、睦樹の後輩である一馬に連絡、合流し一馬のスポーツカーに乗り睦樹が運び込まれたという病院に駆けつけた。

 睦樹は、個室の病室のベッドに寝かされていた。その体には包帯が巻かれて、呼吸器が取り付けられている。

 警察の説明では、繁華街にある公園で血だらけになって倒れていたということだ。

刃物で背中を刺されたようだが、犯人も凶器も見つかっていない。傷は深く、即死していてもおかしくない状況だった。

「大丈夫なのかな、先輩……」一馬が覗き込む。まるで野次馬が、対岸の事故を眺めるような視線だった。  

「分からないわ、出血多量で生きているのが不思議なくらいだって……」幸恵は、睦樹が眠るベッドの横で項垂れていた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 一馬は幸恵の手を握りしめようとする。

「やめてよ小林くん、ここは病院なのよ!」幸恵は一馬の手を振りほどいた。その行動に一馬は少したじろいだ。

「う……、うう」睦樹がうめき声をあげる。

「あ、あなた!あなた!大丈夫?!」幸恵は体を乗り出して睦樹の顔を覗き込む。
 睦樹は、少しだけ目を開いたかと、思うと幸恵に目をやった。

「こ、小林くん、先生を呼んできて、早く!」幸恵は、動転してナースコールを使う事を忘れていた。

「わ、わかった!」一馬は、病室を一目散に飛び出していった。

「あなた、分かる?私よ!幸恵よ!」幸恵は必死に語りかけるが、睦樹の視点は定まらない様子でボーっとしている。

「あなた……、お腹に、お腹に、あなたの子どもがいるのよ。まだ、たぶん女の子、あなたの娘よ……」幸恵は自分の少しだけ膨らんだお腹を擦りながら、睦樹に語りかけた。その時、睦樹の右手が動き幸恵のお腹にそっと触れた。

 睦樹の記憶が彼の頭の中を走馬灯のように流れる。それはまどかとの思い出、出合ってから別れまで、最後に現れたのは、最初に出会った日。

 あの古い民家の下で雨宿りする彼女の姿。

「……」睦樹の唇が呼吸器の中で微かに動いた。

「な、なに、なにか言ったの……」幸恵は体を乗り出して、睦樹の呼吸器越しに唇に耳を近付けた。

「ま、まどか……、まどかちゃん……」それが、彼の発した最後の言葉だった。
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