君と会う日はいつもの雨。雨の日に巻き起こる不思議な出会い。時を越えてあなたに会いに行きます。『晴れの日、あなたに会いたい……。』

上条 樹

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花 火

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 この地域で最大の花火大会が始まる。
 それは毎年、七月の後半に大きな川の河川敷《かせんじき》で行われる。

 まどかは映画の穴埋めという訳ではないのだが、篠原昌子と二人で花火鑑賞に来ていた。

「あぁ、まどかの浴衣、可愛いい!」篠原昌子は感嘆《かんたん》の雄叫《おたけ》びをあげる。
 まどかは、ピンクをベースにした打ち上げ花火をデザインに取り入れた可愛い柄のものだった。
 その頭にも可愛い髪飾りをつけている。

「いやだ、昌子ちゃんたら……、昌子ちゃんだって、凄く綺麗よ」篠原昌子は、黒を基調にした落ち着いた感じの浴衣である。
 いつも、下ろしている髪を後ろで束ねている。凄く大人びて見えて、まどかは羨ましくなった。

「ところでさ、まどかは着けてるの?」少し、小さな声で耳打ちをしてきた。

「着けてるって、なにを?」意味が解らずに、まどかは聞き返す。

「着物の下って、下着つけないのが正式っていうからさ……、私、今日は着けてないんだ」篠原昌子は笑いながら言った。その言葉を聞いて、まどかは赤面する。

「ちょ、ちょっと!昌子ちゃん!大丈夫なの?!」道理でいつもよりも色っぽく見えるとまどかは思った。いつもの、五割増しぐらいで、セクシー度数が強化されている。

「あちゃー、やっぱりまどかは、着けてきたか」篠原昌子は、頭をペチンと叩いた。

「結構、楽チンだよ、解放感がたまらん」言いながら、着物の裾をパタパタさせた。

「ちょ、ちょっと、昌子ちゃん!」まどかは、慌てて篠原昌子の手を押さえた。
 当の本人は全く気にしていない様子であった。

「花火が上がる前に、なんか食べようか?小腹が減ってさぁ」見た目と、中身のアンバランスも篠原昌子の魅力ではあるのだが、きっと、もっと女の子らしくすれば、彼女はもっとモテる筈なのにと、まどかはいつも思っていた。

「私さぁ、こういう所に来ると、無性にイカのゲソ焼き食べたくなるんだ、まどかこっち!こっち!」篠原昌子は、まどかの手を繋ぎ誘導していく。凄いリーダーシップだ。
 きっと彼女が男性であったら、まどかは異性として好きになっていたかもしれないと思った。

「ちょっと!昌子ちゃん!浴衣が!」走る篠原昌子の浴衣の胸元が少し乱れている。
 下着を着けていないせいで、いつもより揺れていて、男性達の視線が釘付けになっている。
 もしも、飛び出しでもしたら!まどかは、気が気ではなかった。

「あっ、大丈夫、ニップレス貼ってるから」笑いながらVサイン。

「そんな問題じゃないでしょ!」まどかは、彼女の大胆さに呆れるばかりだった。

「たまやー!かぎやー!」花火の打ち上げが始まった。

「きゃー、綺麗」まどかは、空を見上げてうっとりとしている。

「この、ゲソうめえ!」篠原昌子は、食を堪能《たんのう》しているようだった。これでビールがあれば完全にオヤジである。

「もー、昌子ちゃんは」まどかは、吹き出しそうになった。

「ねー、ねー、お姉ちゃん達、二人だけ?」アロハシャツを着た、素行の悪そうな二人組の男が声をかけてきた。
 まどかは、その姿を見て先日のストーカー男を思いだして声が出せなくなった。

「俺達も、ちょうど二人だし、一緒に花火より楽しい事しようよ」男がまどかの体に触れようとした。まどかは怖くて目を閉じてしまう。

「いててててて!」男が悲鳴を上げた。まどかは一瞬、睦樹に助けられた時の事を思い出した。

 まどかが、ゆっくりと目を開くと、手を後ろで極められて苦痛に顔を歪める男と、その苦痛を与えているイカのゲソを口に咥えた黒髪の少女の姿だった。

「この野郎なにしてやがるんだ!」もう一人の男が、篠原昌子に殴りかかってくる。
 彼女は、男の関節を決めたまま、体を半身にして男のパンチをかわした。
 そして、勢いで前のめりになった男の足に彼女の足を交差させて転がせた。
 その上に、先程から関節を決めていた男の足も蹴り払い、倒れている男の上に重なるように転がした。

「おんひゃだひゃらっへ、なひぇるひゃ!」口にいかゲソを咥えたままであった。

「女だからって舐めるな!」もう一度、ゲソを口から離して啖呵をきった。

「す、すいませんでした」男達は一目散に逃げて行った。

「おー!すげー!」周りから歓声が上がる。その声に答えるように、篠原昌子は、両腕を上げた。

「アイアムいちばん~!」調子に乗っているようだ。

「昌子ちゃん、凄い!」まどかは、篠原昌子が、こんなに強いとは知らなかった。

「ちょっち、昔、護身術みたいなのやっててさ」篠原昌子は、力こぶを見せるような仕草をした。

「昌子ちゃん......、胸はだけてるよ.......」赤面しながらまどかは下を向いた。
 浴衣の胸元が緩んで、彼女の胸が飛び出しそうになっている。

「ゲッ?!」篠原昌子は、慌てて乱れを整えた。
 周りからは何やら歓声が上がっていた。

 
 二人は気を取り直して、花火を再び鑑賞することにする。
「花火、綺麗だね。まどか、本当は新しく出来た彼氏と来たかったんじゃねえの?」篠原昌子は、まどかの腕を自分の肘で軽く突いた。

「この花火は昌子ちゃんと見たかったんだ」それは、まどかの本当の気持ちであった。

「ありがとね。なんだか、照れるな」篠原昌子は、頭をポリポリと掻いた。

「でも、凄かったなぁ、昌子ちゃん……、睦樹さんみたいだったわ」まどかは、思わずその名前を口にした。

「えっ、誰?」篠原昌子は、よく聞こえなかったようで耳を近づけて聞き直した。

「ううん、べつに」まどかは空の花火をもう一度、見上げた。


「あー、綺麗だ」俺は、自分のマンションのバルコニーから、花火を見ている。
 このマンションに住むのを決めたのは、この花火が見える事も一つの要因であった。
 新婚の頃は、幸恵と二人で夢中になって花火を見たものである。
 今日は幸恵は友達と出掛けて、花火を見て帰って来るそうだ。と言う訳で今夜、俺は一人この部屋で花火鑑賞を楽しんでいるという訳である。

「そういえば、あの娘も今頃、この花火を見ているのかな……」俺は、まどかと花火を見る約束をすれば良かったかなと少し後悔した。
 しかし、それはいくらなんでも図々しい考えである事も理解している。

「まあ、映画だけで我慢しておくか……」花火が終わる頃、俺はいつもより早めにベッドに潜りこんだ。

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