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篠原昌子
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一日の授業がすべて終了した教室。皆、帰宅の準備を初めている。
まどかは、教科書とノートを整理して鞄に入れる。
鞄の中の小さなポケットに、睦樹から拝借したハンカチがあった。彼女は、それを取り出すと、眺めながら口角を少し上げた。
「まどか……、もういい加減にしてよ」篠原《しのはら》昌子《しょうこ》がうんざりした顔つきをしながら、まどかの席に近づいてきた。
その手には手紙のようなものを持っている。まどかは、慌ててハンカチを鞄の中に戻した。
「えっ……、もしかすると、また……」まどかは、篠原昌子が手にしている手紙の正体に、だいたいの見当がついているようであった。
「これで、いったい何通目なのよ? いつも私が呼びだされてさぁ。おっ、いよいよ私にも春が来たか!みたいに思ったら、これをまどかさんにお願いしまっす!みたいな……、肩透かしかってえの」篠原昌子は、器用に親父のような真似をして、まどかを笑わせる。
それは、まるでお笑い芸人のようだ。
いつもこの親友は、彼女に元気をくれる。
こんなやり取りをしているが、実際は篠原昌子も、男子生徒からの人気は中々のものである。
綺麗な長髪に健康的な少し日焼けした肌。そして、スタイルは出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
右目の下に黒子《ほくろ》があり、彼女にとってはコンプレックスだというのだが、まどかから見れば、それも彼女を魅力的に見せている要因の一つであるように感じていた。
まどかは、あらためて彼女の体型を見ると、自分が改めて幼児体型だなと減なりする。
運動神経はかなり良く短距離走なら陸上部員にも負けない。運動部には所属していない彼女に対して、争奪戦《そうだつせん》が繰り広げられているそうだ。
誰に対しても物怖じしなくて、すぐに仲良くなるのが篠原昌子の得意技である。
その分、間違った事は誰にでも的確に指摘する。
それは相手が教師であっても同じであった。一部の教師の間では、このクラスの授業が一番苦手だと公言している者も居るくらいだ。
まどかが、この学校に入学して一番最初に仲良くなったのが篠原昌子であった。
少し人見知りがちで、友達を作るのが苦手だった自分に、人と話す事が楽しい事なのだと彼女が教えてくれたような気がする。
「ごめんね、いつも迷惑かけちゃって……」まどかは祈るように彼女に向かって両手をあわせた。篠原昌子は、そんなまどかの姿をまんざらでもない様子でみた。
「だいたいさあ、直接口で告白もまともに出来ない癖に、まどかに告《こく》るなっていうの!まどかは俺のもんだ!」篠原昌子は椅子の上に片足を乗せてタンカを切る。
それは、クラス中の男子達に聞こえるように大きな声だった。彼女のその姿は無駄に男前だった。
男子達は一様に目を反らして床を見つめるような仕草をした。
「昌子ちゃんたら……、また……」これは、毎度繰り返されているルーティーンのようであった。
まどかは、恥ずかしそうに、篠原昌子の制服の裾を摘まんだ。
「あっ、そうだ、今度の約束していた映画の事なんだけどさあ……」篠原昌子は、言いながら先程から手にもっていたラブレターを指挟んで手裏剣のように投げた。それは、まるで吸い込まれるようにゴミ箱へと入っていった。
「ああああ……」ラブレターの製作者らしき男子生徒は、ガクッと肩を落とした。
「あっ、昌子ちゃん……、実はその映画の事なんだけど……」まどかは周りに聞こえないような小さな声で話しがら、申し訳なさそうな表情を見せた。
ひそひそと話す二人。
「なっ、なぬ!まどかが男の人と一緒に映画に行くだと!?」その篠原昌子の雄叫びにも似た声で、クラス中の男子達は一斉に立ち上がる。彼らは茫然と二人のほうを見た。
「ちょ、ちょと、昌子ちゃん、大きな声で……、やめてよ……」まどかは顔を真っ赤に染めて、立ち上がった篠原昌子の袖をもう一度引っ張った。それに従うように、彼女は席に座り込んだ。
「そうか……、けっこう私は楽しみにしていたんだけどなぁ……」篠原昌子は、鼻の下を人差し指で擦りながら呟いた。男子生徒達は聞き耳を立てている。
「ごめんね……、つい……」まどかは、あの時、咄嗟《とっさ》に友達の都合が悪くなったと睦樹に言ってしまったが、それは嘘だったのだ。
友達とはこの篠原昌子の事で、彼女との約束は、まだ交わされたままであった。
「まあ、仕方がないわね、君が男の人への恐怖心を克服するにはいい機会なのかもしないわね」篠原昌子は、まるで往年のアイドルのように、顎《あご》に当てていた手をほどいてから人差し指でまどかの顔を指差した。
「私、男性恐怖症なんかじゃ……」ないと言いかけたところで、唐突にあのストーカー男の事を思い出した。
あの日の恐怖が少し甦ってきた。
やっぱり、怖いかも…。
「解ったわ。今回はその幸せな男子に、まどかを譲ってやる。でも、その代わりの埋め合わせは必ずしてもらうよ。まどかくん!」篠原昌子は、腕組みをしたかと思うとニヤニヤと笑顔を浮かべた。
「わ、わかったわよ……、でも、ありがとね」何を要求されるのかは不安ではあったが、篠原昌子が怒らなかった事に少し安堵《あんど》した。
「ねーねー、ところで、どこの誰なんだい?その幸せ者は?」
「それは、ノーコメント」まどかは、篠原昌子の質問には答えなかった。
まどかは、教科書とノートを整理して鞄に入れる。
鞄の中の小さなポケットに、睦樹から拝借したハンカチがあった。彼女は、それを取り出すと、眺めながら口角を少し上げた。
「まどか……、もういい加減にしてよ」篠原《しのはら》昌子《しょうこ》がうんざりした顔つきをしながら、まどかの席に近づいてきた。
その手には手紙のようなものを持っている。まどかは、慌ててハンカチを鞄の中に戻した。
「えっ……、もしかすると、また……」まどかは、篠原昌子が手にしている手紙の正体に、だいたいの見当がついているようであった。
「これで、いったい何通目なのよ? いつも私が呼びだされてさぁ。おっ、いよいよ私にも春が来たか!みたいに思ったら、これをまどかさんにお願いしまっす!みたいな……、肩透かしかってえの」篠原昌子は、器用に親父のような真似をして、まどかを笑わせる。
それは、まるでお笑い芸人のようだ。
いつもこの親友は、彼女に元気をくれる。
こんなやり取りをしているが、実際は篠原昌子も、男子生徒からの人気は中々のものである。
綺麗な長髪に健康的な少し日焼けした肌。そして、スタイルは出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
右目の下に黒子《ほくろ》があり、彼女にとってはコンプレックスだというのだが、まどかから見れば、それも彼女を魅力的に見せている要因の一つであるように感じていた。
まどかは、あらためて彼女の体型を見ると、自分が改めて幼児体型だなと減なりする。
運動神経はかなり良く短距離走なら陸上部員にも負けない。運動部には所属していない彼女に対して、争奪戦《そうだつせん》が繰り広げられているそうだ。
誰に対しても物怖じしなくて、すぐに仲良くなるのが篠原昌子の得意技である。
その分、間違った事は誰にでも的確に指摘する。
それは相手が教師であっても同じであった。一部の教師の間では、このクラスの授業が一番苦手だと公言している者も居るくらいだ。
まどかが、この学校に入学して一番最初に仲良くなったのが篠原昌子であった。
少し人見知りがちで、友達を作るのが苦手だった自分に、人と話す事が楽しい事なのだと彼女が教えてくれたような気がする。
「ごめんね、いつも迷惑かけちゃって……」まどかは祈るように彼女に向かって両手をあわせた。篠原昌子は、そんなまどかの姿をまんざらでもない様子でみた。
「だいたいさあ、直接口で告白もまともに出来ない癖に、まどかに告《こく》るなっていうの!まどかは俺のもんだ!」篠原昌子は椅子の上に片足を乗せてタンカを切る。
それは、クラス中の男子達に聞こえるように大きな声だった。彼女のその姿は無駄に男前だった。
男子達は一様に目を反らして床を見つめるような仕草をした。
「昌子ちゃんたら……、また……」これは、毎度繰り返されているルーティーンのようであった。
まどかは、恥ずかしそうに、篠原昌子の制服の裾を摘まんだ。
「あっ、そうだ、今度の約束していた映画の事なんだけどさあ……」篠原昌子は、言いながら先程から手にもっていたラブレターを指挟んで手裏剣のように投げた。それは、まるで吸い込まれるようにゴミ箱へと入っていった。
「ああああ……」ラブレターの製作者らしき男子生徒は、ガクッと肩を落とした。
「あっ、昌子ちゃん……、実はその映画の事なんだけど……」まどかは周りに聞こえないような小さな声で話しがら、申し訳なさそうな表情を見せた。
ひそひそと話す二人。
「なっ、なぬ!まどかが男の人と一緒に映画に行くだと!?」その篠原昌子の雄叫びにも似た声で、クラス中の男子達は一斉に立ち上がる。彼らは茫然と二人のほうを見た。
「ちょ、ちょと、昌子ちゃん、大きな声で……、やめてよ……」まどかは顔を真っ赤に染めて、立ち上がった篠原昌子の袖をもう一度引っ張った。それに従うように、彼女は席に座り込んだ。
「そうか……、けっこう私は楽しみにしていたんだけどなぁ……」篠原昌子は、鼻の下を人差し指で擦りながら呟いた。男子生徒達は聞き耳を立てている。
「ごめんね……、つい……」まどかは、あの時、咄嗟《とっさ》に友達の都合が悪くなったと睦樹に言ってしまったが、それは嘘だったのだ。
友達とはこの篠原昌子の事で、彼女との約束は、まだ交わされたままであった。
「まあ、仕方がないわね、君が男の人への恐怖心を克服するにはいい機会なのかもしないわね」篠原昌子は、まるで往年のアイドルのように、顎《あご》に当てていた手をほどいてから人差し指でまどかの顔を指差した。
「私、男性恐怖症なんかじゃ……」ないと言いかけたところで、唐突にあのストーカー男の事を思い出した。
あの日の恐怖が少し甦ってきた。
やっぱり、怖いかも…。
「解ったわ。今回はその幸せな男子に、まどかを譲ってやる。でも、その代わりの埋め合わせは必ずしてもらうよ。まどかくん!」篠原昌子は、腕組みをしたかと思うとニヤニヤと笑顔を浮かべた。
「わ、わかったわよ……、でも、ありがとね」何を要求されるのかは不安ではあったが、篠原昌子が怒らなかった事に少し安堵《あんど》した。
「ねーねー、ところで、どこの誰なんだい?その幸せ者は?」
「それは、ノーコメント」まどかは、篠原昌子の質問には答えなかった。
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