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少女M

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「いらっしゃいませ」可愛らしい少女の声が店内に響く。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか」少女は軽く会釈をしながらメニューを差し出す。

「えーと」長蛇の列に並んでいる間に注文するメニューを決める為の時間が十分あったはずである。

 それにも関わらず、自分の順番が回って来るまで、この中年の男性は何も決めていなかったようだ。

「えーとね、えーとね」後ろに並んでいる男達はひどくイライラしているようだ。

「こちらでも承りますよ」少しお歳を召した熟年バートさんが声をかけるが、そこに移動するのは女性客ばかりであった。

 髪を後ろで纏め、黒いキャップをかぶり前はエプロンを付けている。
 ネームプレートには、彼女の名前......。
 少女はハンバーガーショップで働いている。彼女は、このアルバイトを高校に進学してすぐに始めた。

 カウンターでの接客が、彼女の担当である。

 色々な人と話が出来るかなと思いこのアルバイトを選んだ。

 基本的には楽しい仕事ではあるのだが、どんな時も笑顔を絶やすことが許されない職場で、自然と作り笑顔が上手になっていた。

 マニュアル通りの受け答えしか出来ない事も、自分の想像していたものと乖離があり若干の不満でもある。

 それでも彼女の思惑とは別に彼女の笑顔は顧客から好評であった。

 特に彼女の勤務時間を狙って来店する男性客も多く、店の売上にも大変貢献しているようだ。

 彼女が受け持つカウンターはいつも長蛇の列が出来ていた。

 しかし、その中には素行の悪い客も多く、就業中にラブレターを渡してきたり、強引に交際を求めてきたり、握手を求められたり、酷い時にはカウンター越しに突然の告白をされる事もある。

 その様子は、まるでどこかのアイドルの握手会を彷彿させる。

 どんな相手でも少女はうまくはぐらかしてはいたが、そんな彼女の人気を一緒に働くアルバイトの中で良く思わない者もいるようであった。

 軽い虐《いじ》めやイタズラをされる事もあった。

 男性クルーの軽いセクハラもあり、少し男性恐怖症になりつつあるような自覚もある。

一人で泣きそうになったりする時もあるが、他のクルーには決して涙を見せないと決めていた。

 涙を見せたら負け。
 
 それが彼女の子供の頃からの信念であった。

 そんな少女ではあったが、先日の大雨の中に初めて会った男性には、変な恐怖心を抱くこともなく、むしろ安心して話をすることが出来たような気がする。

 それは彼女が自分の父親にも感じた事の無い気持ちであった。

 歳は自分より結構上なのは解ってはいたが、なぜかあの男性の事がひどく気になるのだ。

「また、どこかであの人に会えるかな……」

 自分が年上好きだったのかと新たな趣味を発見し、彼女は一人笑ってしまった。
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