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忘れたい記憶

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 それは突然だった。
 清涼飲料水のCMに出演した少女のスキャンダルが掲載された週刊誌が発売された。

『あの話題のCM少女!有名俳優の二世と判明!しかも、禁断の恋!本紙独占スクープ!!』

 その雑誌には電車の中で口づけを交わす穂乃花と目の部分を黒い線で隠された男子高校生が写っていた。
 それは明らかにあの電車の中でのキスを隠し撮りしていたものであった。

『お相手はなんと実の双子の兄!あの話題のCMで白川純一の代役を努めたのも彼だった!』

 CMに出演した時点で穂乃花のプライバシーは消滅してしまったようだ。辛うじて俺の顔には黒い横棒が貼られその素性をぼかしているようではあるが学校の生徒達の間には一気に噂が広まった。

「聞いた?渡辺さんと渡辺くんって双子の兄妹だったんだって!」

「でも、あの雰囲気ヤバくなかった?」

「そうそう、私もてっきり付き合ってるんだだと思ってたわ!」

「でも、電車の中でキスしてたんでしょう!」

「ビックリね!ラノベみたい!」この手の話題は女子達の大好物なのであろう。

「光君……」友伽里が暗い顔をして声をかけてくる。

「ごめん、俺今は誰とも話したくないんだ」席を立ち上がると教室を後にして屋上へと歩いていく。ここ数日の昼休みはこの行動が標準となってしまった。

 穂乃花の容態はかなり改善したそうだ。ただし、転校して来てからの記憶を一切無くしているそうであった。俺の事も、あの胆試しの事も、CM撮影の事すら忘れてしまったそうだ。
 渡辺直人の話を聞いて、俺が双子の兄であることは理解したそうだが、その存在はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
 逆に恥ずかしそうに、俺の事を「お兄さん」と呼んだ彼女の顔を見て激しい失望感に苛まれた。

 屋上のフェンスに凭れながら運動場を見渡す。昼休みを楽しく過ごす生徒達が目にはいる。なぜか無性に腹立たしさが沸いて出る。

「どうすればいいんだ。この気持ちを……」俺は彼女への想いを消去する方法を知らなかった。

「光君……、私……」振り返るとそこには友伽里の姿があった。目には涙を溜めている。

「ごめん、さっきも言ったけれど……俺」

「違うの!違うの!ごめんなさい!!」彼女はその場にへたりこみ大声で泣き出した。

「一体どうしたんだ?」訳が解らなかったが、彼女が何かを思い詰めている事はわかった。

「私が、私が穂乃花さんを階段から突き落としたの!」彼女の突然の告白に俺の頭の中が真っ白になる。

「な、なんだって、お前!」友伽里の肩を力強く握る。激しく動揺している事が伝わってくる。でも、彼女が男であったなら間違いなく思いっきり殴り飛ばしていたと思う。

「ごめんなさい……、ごめんなさい……、私どうすればいいの?」もう立つ気力も無い様子である。

 俺は大きなため息をついた。

「こんなことを言っては駄目なんだろうが、穂乃花《ほのか》にとっては良かったのかも知れないな」

「えっ?」俺の意外な言葉に驚いて顔を上げる。

「俺達は双子の兄妹らしい。でもそれを知らないで好きになってしまった。俺はこの気持ちを打ち消す事に苦悩している。でも、彼女はそれを綺麗に忘れてしまえたんだから……」言いながら無性に空しくなってくる。

「……」流石に、友伽里も何も言えなくなってしまった。

「俺も忘れたいよ」それは今の俺の本当の気持ちだった。
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