上 下
128 / 141
Reincarnation (輪廻転生)

あなたに会いたい

しおりを挟む
 二人が家を出た後、真理子は仏壇の前に呆然として座っていた。その白い頬には数滴の涙の筋が浮かんでいた。

 先ほどあの少年に抱き締められた出来事を思い出して、体の体温が一・二度ほど少し上がっているような気がする。夫が亡くなってからこんな感覚になった事など今までなかった。いや無意識のうちにそういう気持ちは捨ててきていたのかもしれない。

「ごめんなさい……、あの子に抱き締められた時、私……あなたに抱かれているような気がして驚いたわ……。でも、あなたが早く逝ってしまうから悪いのよ、秀則さん……」真理子は少し目に涙を浮かべてガクリと項垂れてしまった。

 秀則があの交通事故で亡くなってから数年の月日が流れていた。

 真理子は、時が経っても亡くなった夫への思いは断ち切れないままでいた。

 正直言うと夫が亡くなった後、彼女の両親や秀則の両親が心配して早く再婚をすることを勧められた。そして彼女には再婚の話がいくつもあったが、娘の気持ちを考えるとその気にはならなかった。いや、それは言い訳であって本当は自分自身が秀則の事を忘れる事が出来ないでいたのだ。決して出来た夫でも父親でもなかったが彼女にとってはかけがえのない男性であった。

 彼女は四十を少し過ぎていたが年齢の割に見た目も若く美しく三十代に間違われる事がザラではなかった。そして若く美しい未亡人に言い寄ってくる男達も沢山いた。

多少その中には心惹かれる男性がいたことも確かではあった。しかし、その誘惑も彼女は全て経ちきってきた。他の男性と契りを交わす事など亡き夫への裏切りだと思い頑なにその貞操を守り続けてきたのだ。

 それなのに先ほど抱き締められた少年の突然の包容に彼女は流されそうになってしまった。頑なに守り続けてきた気持ちを簡単に打ち砕かれてしまった。

 あの時抱かれた少年の胸の中は懐かしい夫、秀則を思い出させるものであった。

 あの時、娘の美穂が帰って来なければ、あの少年と唇を重ねて合わせてしまったかもしれない。思春期の少年の性衝動に流されそうになった事で、秀則への懺悔と自分への嫌悪感で落ち込んでしまった。

 彼女は仏壇の中で微笑む亡き夫の遺影を少し恨めしいような顔をして呟く。

「どうして、私よりも先に逝ってしまったの……。秀則さん、あなたにもう一度会いたい。もう一度、私の体を抱いて欲しい……」真理子は号泣しながら、その場に泣き崩れながら自分の体を両手で抱きしめた。

 しかし、仏壇の中の夫が彼女に応えることはなかった。

 どれだけの時間が流れただろうか、いつの間にか彼女はその場で軽く眠ってしまっていたようであった。眠ったせいか気持ちはかなり落ち着いたようであった。

ガチャ・・・・・・、ガチ・・・・・・・。

 その時唐突に玄関のほうから物音がする。

「あら、美穂達かしら……鍵でも忘れたのかしら……」真理子は、頬の涙を拭い呼吸を整えながら玄関に向かった。そして、下履きを履き玄関の鍵を解錠して扉を開けた。

「どうしたの……鍵を持っていかなかった……!?」開いたドアの向こうには見知らぬ男の姿があった。突然扉が開いた事に驚いたのか男は大きく目を見開いた。同じく真理子も目を見開いて男の姿を見る。男のその手には鋭い刃物が握りしめられていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

月夜の理科部

嶌田あき
青春
 優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。  そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。  理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。  競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。  5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。  皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

金魚たちのララバイ

紫 李鳥
現代文学
父さん、兄さん、ふるさとの会津、そして、悪夢よ、さようなら。与志子は車窓に流れる山並みを眺めながら、心の中でそう呟いた。

処理中です...