鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

文字の大きさ
上 下
120 / 120

10-16 鈍感王女は狂犬騎士を従える(完)

しおりを挟む

 女王とその婚約者の結婚式は盛大に祝われた。その晴れ舞台に出席していたセーリスは姉から、妹と王国の英雄の結婚式はどんなものにしようか、などと言われてしまった。無論、静かに身内だけで、なんて無理な話だろう。
 式後に行われる招待客のみのパーティで、主役からは結構離れた庭園の隅にセーリスとヘニルはいつものように肩を並べていた。


「いやぁ、近いうちにあんな綺麗な服着たセーリス様が拝めるって知ってたら、もっと早く結婚する気になってたと思うんですけどね~」
「調子良いこと言って」
「ほんとですよー?」


 後ろからセーリスを抱きしめ、ヘニルはそっと腹を撫でる。最近手が空くたびにこうしてセーリスに触れては、彼は幸せそうに笑うのだ。


「まだ早いって言ってるでしょ。目に見えて大きくなるのはもう数ヶ月先」
「そうですけど、俺にはここに“ある”って分かりますよ。元は俺の中にあったものが」


 きっとそれが神族の力なのだろう。今はその大半がヘニルの身体に残ったままだというが、それも子供の成長と共に薄れていくはずだ。


「女子か男子か、問題はそこですよ」
「どっちでも、絶対ヘニルが溺愛する未来が見えるわ」
「そりゃそうでしょう! セーリス様と俺の子なら、めっちゃ可愛いに決まってます」


 それに、とヘニルは続け、彼女の頬にキスをする。


「最初に産まれるのがどっちだろうと、最終的には両方産んで貰いますから」


 暗にまだ子供を作る気だと言うヘニルに、セーリスはにこりと笑う。夫婦同然の日々にもすっかり慣れて、後は式の日程を待つだけだ。

 そうしていると、二人の耳に不躾な会話が聞こえてくる。


「全く、宮宰は何を考えているのだ。貴重な第二世代をこんなに早く引退させるなど……」
「第二王女の相手など他にいくらでも居るでしょうに、よりにもよって……」


 ようやく表沙汰となったセーリスとヘニルの結婚に、特に臣下達は良い顔をしていない。王国を離れられないデルメルに代わり、原初を打ち倒すほどの力を持つヘニルの存在はそれほど大きな期待を集めていたのだ。
 対して民衆の方は沸き立っている。当然それは広まっていた噂が事実だったからだろう。最近は街を歩いていると、式はまだだというのにやたらと祝いの言葉を貰うようになった。


「……締めてきていいですか、いいですよね?」


 怒りを顔に出してヘニルはセーリスに問う。
 けれど彼女は首を横に振った。


「捨て置きなさい。相手をする必要も無いわ」
「え、マジですか」


 ばっさりと切り捨てるセーリスにヘニルは戸惑う。


「だってそうでしょ。ヘニルは神族である以前に、私に忠誠を誓う私の騎士なんだから。デルメル様だって認めてくれたし、もう決定事項なんだから恨み言にいちいち反応しても時間の無駄よ」


 以前であればすぐに中傷に怯え硬直していたセーリスだが、最近は最早そんな素振りは見せない。寧ろ、正面切って相手を言い負かしてしまうことさえあるのだ。


「セーリス様ってばほんと、逞しくなりましたねぇ……」


 小さくプルプルと震えていたあの頃がちょっと懐かしいと思いながらも、ヘニルは安堵する。元々芯の強さはあるお人なのだと、少しだけ得意げになりながら。


「セーリス様!」


 ヘニルには聞き覚えのない声が彼女を呼ぶ。向こうから駆けて来たのは一人の女性だ。今では王城に慣れたヘニルが見たことのない顔であれば、恐らく平民の招待客だろう。


「こんな時にすいません! 力作で、是非ともすぐにお見せしたくて! あ、私忍び込んでるんです、それ、目を通しておいてくださいねそれでは!」


 さっさとセーリスに紙の束のようなものを渡すと、その女性は即座に踵を返して走り去っていく。
 まさか潜ってきた人物とは思わず、その後姿を見送りながらヘニルは呆然とした。


「な、なんだったんですか、今の」
「ようやく出来上がったみたい。さぁヘニル、これを見て」


 意気揚々と貰った紙束をヘニルに差し出し、セーリスは興奮した様子で目を輝かせる。


「……これ」
「随分待たせてごめんなさい。私も約束、ちゃんと果たしてみせたわよ」


 その紙束は脚本のようだ。それも演劇の。
 表紙に書かれているタイトルからその内容を理解し、ヘニルは驚いた様子で彼女の顔を見た。


「王国の、とある王女様と、流浪の神族の恋のお話。まぁ、結構無理言って作ってもらったものだけど、劇場の方はかなり食い付きが良くて……お姉様もデルメル様も協力してくれたの」


 なんでもヘニルとセーリスの恋の謎が明らかになるのだから、絶対に売れるとかなんとか。まさか、と思ったが、こればっかりは公演してみないことには分からないだろう。


「こうして形になると恥ずかしいけど……こ、後世まで語り継いでもらいましょう」


 顔を赤くして、いつぞやのヘニルの言葉を照れながら言うセーリスに、彼もじわりと笑みを浮かべる。溢れる喜びのままに左腕で軽々と彼女を抱き上げると、すぐに甘い口付けを交わした。


「とっても、嬉しいです。さすがは俺のセーリス様ですね」


 幸せそうに笑い合って、二人は抱きしめ合う。いつまでもこうして笑い合っていたいと、そう心の底から願いながら。

 そんな風に仲睦ましいセーリスとヘニルだったが、主役の女王夫婦そっちのけの二人のいちゃつきぶりに、後でデルメルからキツいお叱りを受けたのは言うまでもない。






 王国の鈍感な王女の成長と、彼女を愛した狂犬のような騎士との恋の物語は、劇場で大人気を博し王国の人々に広く親しまれた。
 どれほど時が経っても彼女たちの物語は忘却されることなく、それは新しい王が誕生した箱庭大陸にまで伝わったそうな。




鈍感王女は狂犬騎士を従える 了
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

まにゃこ
2020.07.17 まにゃこ

なんかもぉヘニル頑張ってーーー!!!と思いながら毎日読んでます(笑)

セーリスは鈍感なとこ、とても可愛いけど…早く気づいてあげてください…!!

毎日の更新ありがとうございます♡
これからも執筆頑張ってください(*´ω`*)

2020.07.18 りりっと

感想ありがとうございます!

メイン二人、気に入ってもらえたようで何よりデス
楽しんでいただけているなら幸いでございます!

今後ともがんばっていきます( ᐛ )و グッ

解除

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。