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10-13 もう一度
しおりを挟む「それで、悩みって何なの」
「あ、そこに戻るんですね……」
きっともう遠慮するなとレクサンナは言いたかったのだろう。これも何かの巡り合わせと思い、セーリスはずっと頭を悩ませていた、ヘニルの演劇についての悩みを彼女に話した。
それを聞いたレクサンナは数秒ほどの沈黙の後にこう言う。
「簡単な話。もう一つ別の演目を作ればいい」
「え、でも流石に一作目と矛盾が起こったりするのでは?」
「セーリスを主役にすれば問題ないでしょう」
セーリスは驚く。ヘニルを主役とした恋愛劇を作ると考えれば、英雄譚の方で影も形もないセーリスとの描写に矛盾が生じかねない。それにいくら人気のあるヘニルが主役といえど、こんな短期間に二つも演目を作れるものなのか。そう思っていたのだ。
しかし確かにセーリスを主役として新しい演目を作れば観客も多少は受け入れやすいかもしれない。
「でも、私が主役だなんて恐れ多いし、なんだか地味なものになってしまいそうですね……」
「そう? 王族を主役に据えた演劇は他にいくらでもあるし、きっとそれらに見劣りしない立派な恋と成長の話になるわ」
面と向かってそう言われると恥ずかしくてセーリスは俯く。
けれど今まで王城に隠れ潜んで目立たなかった王女の話は、今までの演目と比べれば逆に新鮮かもしれない。ヘニルとの恋など確かに劇的か、などと少しだけ自惚れて、彼女はすぐさまレクサンナに感謝を伝える。
「ありがとうございます、お姉様。なんだか上手くいきそうな気がしてきました」
「何かに躓いたらまた相談して。きっと力になれるわ」
「はい!」
女王自らの助力もあれば怖いものなしだ。そう思ってセーリスは機嫌良さげに笑顔を浮かべた。
そうこうしているとネージュが遠くからこちらへと歩いてくる。それを見たレクサンナは時計を確認し、小さく息をついた。
「もう政務に戻らなくては。ネージュ様、部屋までセーリスを頼めますか」
「はい、レクサンナ様」
「え」
とんでもない別れをしたかつての想い人に、セーリスは滝のような冷や汗を流す。必死になって必要ないと手振りするも、レクサンナは首を横に振る。
「今日はヘニル様も居ないのでしょう。途中で倒れたらどうするの」
「で、でも……」
「それでは、後は任せました」
そうとだけ言い残してレクサンナはそそくさと立ち去ってしまう。その場に残されたセーリスはまともにネージュの顔を見られずに俯く。
「参りましょう、セーリス姫」
「は、はい」
とにかく部屋まで乗り切れば大丈夫、そんなことを考えて彼女はネージュの一歩後ろを歩く。
しばらくは会話は無かった。エントランスに入って、吹き抜けになっている廊下に差し掛かったところでネージュは口を開く。
「すっかり明るくなりましたね、姫」
「え、そう、でしょうか」
「はい。私と居た頃とは大違いです。ヘニル様はすごい方ですね」
ネージュとこんな会話をすることになるとは思っておらず、なんだかむず痒さを感じてしまう。
そこでセーリスは、この機会に前にあったことをネージュにも謝れるのではないかと思い至る。身勝手にも失恋の苦しさを彼にぶつけてしまったこと、それをずっと悔やんでいたのだ。
「えっと、ネージュ様。あの時、勝手にお別れなどと言って当たってしまい、本当に申し訳ありませんでした。あの時はその……」
「構いません。……私も身勝手でしたから」
「ネージュ様も?」
「はい」
遠い目をして彼は切なげな表情を浮かべる。
「貴方を捨てた身でありながら、また頼られたいなど……いえ。貴方の幸せを願っています、セーリス姫、私にとって貴方は……」
そこでネージュは足を止める。何事かと思えば彼の視線はセーリスの背後に向いており、なぜか微笑ましそうな笑みを浮かべたのだ。
唐突にふわりと身体が宙に浮く感触にセーリスは声を上げそうになる。だがすぐに視界に入ったヘニルの顔に、彼女は大人しく彼の腕に抱かれる。
じろりとヘニルはネージュを睨みつける。そしてすぐに愛想笑いを浮かべて一礼した。
「どうも俺のセーリス様がすいません。後は俺の仕事なんで、失礼しますね~」
「えぇちょ」
さっさとどこぞへ歩き出すヘニルにセーリスは慌てる。視線を離れていくネージュへと向ければ、彼は小さく手を振っていた。
「どこ行くのヘニル……!」
「ちょっとお付き合いくださいね」
もうすっかり王城の構造にも慣れたらしく、迷うことなくヘニルは突き進んでいく。
太陽は沈みかけ、いつかの日のように美しい虹の夕焼けを空に創り上げている。気がつけば天井がない場所まで来ていて、セーリスはその幻想的な星空を見上げていた。
ヘニルは足を止める。大事そうに抱き抱えていたセーリスをそっと地面に下ろすと、優しく腕の中に閉じ込めてしまう。
「ヘニル……」
そこはいつかのあの日、彼が想いを告げ、彼女もまたそれを受け入れた裏庭。ずっと隠していた己が過去を口にし、二人で共に生きることを誓った場所。
二人にとって大事な思い出のあるその場所で、彼はそっと手に持っていた首飾りを彼女の細い首に付けてやる。小さなピンク色のバラに細やかな宝石が散りばめられた可愛らしいそれを見て、セーリスはようやく彼の顔を見上げる。
「セーリス様」
彼は恭しく彼女の手を取る。あの時のように跪き、愛おしそうにセーリスを見つめる。
いろいろと唐突でセーリスは驚いていた。だが彼のその行動から意図を理解し、口を噤む。
そして彼は、きっと必死に考えてきたであろう愛の告白を、言葉にするのだった。
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