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10-06 忠告

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 早朝。私物を置いておくために久しぶりに兵舎にある自室を訪れたヘニルは、しばらく会っていなかったその高身長の女性を見かけ声をかける。女傑カアスだ。


「なんだ、お前か」
「会うのは久しぶり、つーか、お前マジで軍部に隔離されてるのな」


 セーリスの騎士として日中も夜間もほとんど彼女の側に居るヘニルは、最早軍とは全くと言っていいほど関わりがなくなってしまっている。そうしていると、出兵前は毎日のように顔を合わせていたカアスとも会うことはなくなってしまっていたのだ。

 それにほんの少しだけ寂しさを覚えていたヘニルは少々上機嫌に彼女に声をかけた。勿論、あけすけな物言いといい自分を挑発してくるところといい、ムカつくところの方が多いのだが、一応先の大戦では命を預けた相手でもある。十分に信頼はしているつもりだった。


「政は私には分からん。居るだけ邪魔になるだけだ」
「ふーん。まぁ、俺も分かんねえけど。デルメル様が特殊なのかもしれねぇな」


 血気盛んな神族が最も輝くのは軍のはずだ。そう考えればデルメルは本当に変わり種なのだろう。


「今日は兵舎なんぞに来てどうした。姫と喧嘩でもしたか」
「してねーよバカ、すんごいラブラブですけどー!」
「ふっ、そうか……っ」


 大笑いしそうになるのを堪えているカアスにヘニルは苛立ったように眉根を寄せる。相変わらず腹の立つ反応だと。
 しかし兵舎に来たのはセーリスに秘密でやりたいことがあったからだ。

 先日のデート。本当に何の気無しにヘニルはそう提案したのだが、思えば彼は自分の恋愛事に対する無知さを全く認識していなかったのだ。人の話から耳にする程度の情報を間に受けて、何かキラキラするものを買ってやればいい、などと思って宝飾店に入ったものの、彼はそこで衝撃的な話を聞いてしまった。


「王国じゃ、プロポーズの時に何か渡すんだろ? その話聞いたら告白したときのこと思い出して……もっとちゃんと勉強しようと思っただけだ。姫様には内緒でな」
「なるほど。兵舎でその秘密の勉強をしようと」


 今思い返せば恥ずかしいことこの上ないあの告白に、まさかそれ以上に失態があるとは思っていなかったのだ。


「(それにあのセーリス様の反応……気にしててもおかしくない)」


 宝飾店で少しだけ挙動不審だったセーリスを思い出し、ヘニルは薄々と自分が見過ごしていたものの重さを理解した。だがそれを面と向かってセーリスに聞くのは格好つかない。
 そう、格好付けたいのだ。彼女にはなんだか情けない所しか見せていないような気がして、ヘニルはそのことを結構気にしていた。だから宝飾店の店主の話を聞いたとき、これはしっかり考えて完璧にキメなければと思ったのだ。


「お前の粗暴さをよく分かっている姫が、そんな些事を気にするとは思えんが」
「んだとコラ」
「まぁ、王国の少女が憧れる夢物語に多少なりとも理解があった方が好印象なのは確かだ。女王の婚約者などその手の男だっただろう」
「そいつの話すんのやめろ」


 腹が立つ、とヘニルは呟く。そういえばレクサンナとネージュの結婚もそろそろだったか、と思い出す。といってもヘニルとしてはあまり心惹かれるような話題ではないのだが。


「しかしようやく、か……付き合ってからどれくらいになる」
「三ヶ月くらい。つーか、付き合ってるとかじゃねぇ。俺たちはもう離れないって約束をしたんだ」


 誇らしげにそう語るヘニルに、カアスは笑みを消す。呆れたように小さく息を吐くと、以前よく見せていた意地の悪い嘲笑を浮かべてみせる。


「いやはや、お前に付き合う姫の気苦労が知れるよ。お前の言う通り、もっと真面目に勉強しろ。といっても、自分の言動の不味さに気付くよりも、破局する方が早いかもしれないがな」
「……本気で怒るぞテメェ」
「おうやってみろ。私は何も間違ったことは言っていない」


 殺気を向けても構わず挑発してくるカアスに、ヘニルは悔しそうに顔を歪める。だが前にデルメルに言われた言葉を思い出し、必死に怒りを抑え込む。どんなに腹が立っても正式にセーリスの騎士となった今、彼女の名誉のためにも喧嘩は完全に御法度なのだ。


「姫の気持ちをちゃんと考えろ。……そういえば、付き合ってから三ヶ月が別れの節目と聞いたことがある。はは、姫も今頃どうお前と別れようか考えている頃合いじゃないのか?」
「……!」


 はっきりと悪意の篭った言葉を耳にして頭に血が上る、のと同時にヘニルの思考は冷静に先日あったことを思い浮かべる。


 ――毎度毎度私のこと抱いて、飽きないのかなって


 本当に些細なことだった。けれどヘニルを不安にさせるにはそれだけで十分だった。
 もしかしたらセーリスはずっと自分への不満を隠していたのかもしれない。そう思えば愛を囁くばかりで、少しでも彼女のことを理解しようと歩み寄ったことなどあったかと疑問を抱いてしまう。
 そしてカアスの指摘は以前にも受けたものだ。セーリスの侍女であるサーシィが彼に言った言葉をはっきりと思い出す。


 ――貴方のそういう、自分は気にしないから相手も気にしないはず、みたいなところが姫さまの怒りを買うんですよ


 怒りよりも不安と焦りに呑み込まれてしまったヘニルは硬直する。それを見たカアスは笑みを消し、軽く彼の肩を叩くとその横を通り過ぎていく。


「せいぜい足掻け、小僧」


 ヘニルは立ち尽くしながら思う。
 ようやく想いが伝わったと思って有頂天になって、盲目になりすぎていた。そんな自分のことを、セーリスは一体どう考えていたのだろう。
 直接本人に聞くべきかと考えるも、彼は尻込みしてしまう。

 もしも本当にセーリスの想いが離れてしまっていたら絶対に立ち直れない気がしたからだ。


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