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SS2 ヘニルくんの幸せな一日②

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 夕方になればセーリスの勤務は終わる。今日はセーリスを眺める以外何もしてないな、と思いながらヘニルは彼女を部屋まで送る。彼女はこの後夕食をとり、湯浴みを終わらせたら読書なりして寝る時間を待つのだと言う。


「んじゃあ、俺の仕事もこんくらいですかね。夕食からは侍女さんも居ますし」
「そうねぇ……あ!」


 何かを思い付いたかのようにセーリスは手を叩く。


「そういえば、前サーシィとヘニルの勉強を見ないとねって話してたんだけどどう?」
「それって、姫様が俺の勉強見てくれるってことですか?」


 そうだとセーリスは頷く。それはつまりこの後も一緒に居てもいいということか。


「それに……、ほら、その、毎晩あれ、の発散を手伝うって約束もしたし。わ、私だって、仕事以外でも、ヘニルと……少しくらい一緒に、居たいし……」


 もじもじしながら小声でそう告げてくるセーリスに彼は硬直する。
 よもや彼女の口から、あんなにも自分に向けられる言葉は素っ気なかったというのに、これほど心揺さぶられるお誘いをされるなど、想像はしたことあったがいざ現実になるととてつもない衝撃だった。


「(やべぇもう勃ちそう)」


 そう言えば自慰を毎晩手伝ってもらう約束をしたんだった、なんて思い出してヘニルは一気に身体の熱が上がっていくのを感じる。そしてそれをセーリスがちゃんと覚えていて、嫌がることもなく自分から言い出してくれたことも。
これ以上調子に乗ると無様に興奮した姿を見せてしまいそうで、ヘニルは平静を装って作り笑いを浮かべてみせる。


「ぜひお願いします。そんじゃあ、適当にどっかで飯食ってきて大体いつも通りの時間にお伺いしますね」
「うん。ああ、なんだったら明日からはサーシィに、ヘニルの分も用意してもらえないか聞いてみる」
「い、いいんですか」


 そんなところまで面倒見てもらっていいのだろうかと思うも、セーリスは当然のように頷いた。


「軍の所属じゃなくなって、兵舎に部屋は残ってるけどなんか軍用の食事処とか使い辛いでしょ。ヘニルは先の大戦の功労者なんだし、デルメル様にも許可を取ってみるから」
「ありがとう、ございます……」


 この時あたりからヘニルの脳内ではとある一つの予測が生まれていた。


「(あれ……これ一日中姫様の側に居られる……?)」



……



 いつもの時間というのは、セーリスが湯浴みを終えて自室に戻ってくる頃あたりだ。今までそんな彼女と会うタイミングといえば身体を重ねる時で、ヘニルは逸りそうになるのを必死で堪える。
 早々にサーシィは寝具を整えて去っていった。相変わらずクールな性格しているなぁと思いながら、ヘニルはセーリスに促されるままテーブルと向かい合う。


「まずは普通に文字が書けるように、基本から。ヘニルの手紙、ほんと誤字が多いのよね」
「いやぁ、お恥ずかしい」
「でもそれだけ文字を書く機会が無かったってことだし、今からできるようになればいいのよ」


 すとんとヘニルの隣の椅子に座り、セーリスは子供用の教本を広げてくれる。


「まずは丁寧に書取りして、それが終わったらこっちの本をここまで読む。今日は初回だし、それで終わりにしましょう」


 少しだけ楽しそうにそう語るセーリスを見ながら、寝る前に勉強などしたら母親のことを思い出してしまうのではないか、そうヘニルは直前まで思っていた。
しかし。


「(姫様と勉強)」
「ヘニル、手が止まってるけど……」


 書取りという簡単な勉強法ながらも静止した手に、セーリスは不思議そうに首を傾げる。それにハッとなったヘニルは再度紙にペンを走らせる。
 書取りを終えて、課題の本を読む。ヘニルでも読むことはまだそれなりにできるため、この本は少しだけ難しいものが選ばれているようだ。といっても読む範囲は十ページに満たないレベルで、これなら書取りほど時間はかからなさそうだが。


「(姫様と、勉強……?)」
「……ヘニル、そのページになってからもう五分以上経つけど、なにか分からなかった?」


 心配したように顔を覗き込んでくるセーリスに、思わずヘニルは手に持っていた本を落とす。それをセーリスが拾って、彼に手渡してくれる。


「大丈夫? もう眠い?」
「いえ……大丈夫です」


 なんとか再度本を開いてページに視線を注ぐ。だがなかなか進まない。


「(やべぇ……湯浴み後の姫様めっちゃいい匂いして身が入らねぇ……)」


 ヘニルは惑わされていた。
 予測よりもずっと時間をかけて本を読んだ後、セーリスと内容の確認をする。十分理解はできていると、そう言われた彼は安堵の息をついた。
 そこでセーリスは心配したように言う。


「やっぱりなんか、お母さんのこととか思い出して、身が入らなかった……?」


 セーリスも同じようなことを考えていたのだろう。夜間の勉強はかつて幼いヘニルにとって、大好きな母と過ごせる大切な時間だったのだ。今この状況からそれを、悲しい記憶と共に想起してしまったのではないかと、そう彼女は心配していた。


「すいません、はっきり言いますけど」
「う、うん……?」
「めっちゃムラムラします」
「…………」


 こん、と軽く本で頭を叩かれる。なんだそれはと、むっとしながらも顔を真っ赤にしているセーリスに、ヘニルはいやらしい笑みを浮かべる。


「もうおべんきょー終わりですよねぇ」


 彼女の手から本を取り上げるとそれを机に置き去る。するりとセーリスの髪を指で弄んで、そのまま赤くなった耳の輪郭を優しくなぞる。それに彼女は敏感に反応して、涙目でヘニルを見上げてくる。


「っ……」
「それじゃあセーリス様、約束通り俺のここ、可愛がってください」


 彼女の手を取って自分の股座に触れさせる。既にその気になっている感触をはっきりと手で感じたのか、彼女の身体が強張るのが見て取れた。


「……いいわ、するなら寝室で」
「はい、喜んで」

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