鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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SS2 ヘニルくんの幸せな一日①

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 彼は一人の時間が嫌いだった。

 意味の無い訓練も、それが終わった後の自由時間も、大して眠くない夜なんて最悪だ。
 考えること以外できないときは、いつも嫌なことを思い出す。薄暗い考えが胸中を占めて、ニーシャンやカムラに居た頃みたいにどうしようもできない苦しみに呑まれてしまう。


「はぁ……」


 神族といえど一兵卒。デルメルのその言葉を体現するかのような質素且つ狭苦しい部屋で、天井を眺めては一秒ずつ時が過ぎ去るのを数える。
 こんなことをしている度に、自分には神族など向いていないと再認識するのだ。きっと二百年や三百年なんて、到底この心は耐え切れない。


「……、姫様、もう寝ちまったかな」


 目を閉じて、その姿を思い浮かべる。
 自分を見上げるときの表情。むっとしたような目で自分を睨め付けて、でもそんな顔も可愛い。
 そして自分とまぐわっている時がいっとう、愛らしいのだ。


「姫様と毎日顔合わせてりゃ、もうちっとマシな日常だと思うんだけどな」


 会いたいなんて恥ずかしいこと口には出せずに、ヘニルは自嘲気味に口元を歪ませた。
 セーリスと居る時だけは苦しいのも、辛いのも、何も考えなくて済む。彼女が側に居てくれるなら。

 嫌なことばかりを想起させる思考を押し殺すように、もしも想いが通じ合ったらなんて能天気なことを考える。
 たくさん抱きしめてキスをしても怒られない。
 彼女の方からきっと夜誘ってきてくれる。
 そして朝は彼女の部屋で目を覚ます。一晩中その愛しい寝顔を眺めていたなら、一夜など一瞬のように思えてしまうだろう。


「あー……いいなぁ……姫様と一緒に寝るのって、どんな感じなんだろうな」


 いつかそんな日が来るのだろうか。それよりも次はいったいいつ声がかかって彼女の部屋に行けるのだろうか。そうしたらダメ元でも、彼女に一緒に寝てもいいかと聞いてみよう。
 幸福な想像に浸ったまま、ゆっくりと意識は眠りにつく。

 こうやって眠れた時にはいつだって、幸せなセーリスとの夢を見たものだった。
 だがその分目覚めた時の喪失感が、どうしても好きになれなかった。



……



「ヘニルは今日から正式にセーリスの騎士として、彼女の身辺警護を任せるわ」


 言われたときは嬉しくて、けれど具体的に一体どんな業務になるのかが、ヘニルには一切想像がつかなかった。身辺警護、といっても誰かに命を狙われているわけでもなし、時折訪れる魔術の後遺症に対処することだけが今のところのヘニルの仕事だった。
 デルメルに詳細を聞けば、彼女はばっさりと、こう言い捨てたのだ。


「そういうことは自分の主人と相談なさい」


 もうお前は自分の部下じゃない、とでもいうかのような口ぶりに唖然としたものだ。
 これにはセーリスも困ったような顔をしていた。けれど有体に言ってしまえば“好きにしろ”ということなのだろう。その為セーリスとも相談した結果、とにかく一日どんな風に仕事ができそうかを考えながら試してみよう、ということになった。


「(昼間……は当然一緒に居るんだよな)」


 工房に向かうセーリスの後をついていき、同じ室内でじっと彼女を見守る。退屈かとも思ったが、セーリスががんばって仕事をしている姿を見るのは初めてだった。それもあってか、なんだか幸せな気持ちでいっぱいになった。
偶に重い物を動かしたりなど雑用をして、意外と楽しかった。
 昼食もセーリスと一緒だ。彼女が食べている姿をじっと見つめていたら不思議そうな顔をされた。


「どうしたの?」
「いや……なんかいーっつも目の前に姫様がいるのが、未だに信じられなくて……」


 今までは見えていても遠くから眺めているだけだった。楽しそうに笑っている姿なんかを目にしては、いつか自分の前でそんな顔をしてくれるものかと恋焦がれたものだ。


「んー、まぁ、ヘニルからしたらちょっと退屈かもね」
「そんなことないですよ!」


 咄嗟に大きな声が出てしまい、ヘニルはすぐさま謝罪を口にする。
 退屈などではない。ただ落ち着かないのだ。


「まさか、日中ずっと姫様と一緒に居られる日が来るなんて、全然、想像してなかったんで……」


 自分はずっと軍部の所属そのままだろうとそう思い込んでいた。よもやセーリスの護衛のような仕事をすることになるとは、一分たりとも想像したことがなかったのだ。


「出兵する前は、次はいつ姫様と会えんのかなーって、そんなことばっか考えてたんで」
「どっ、どんだけ寂しがってたのよ……」
「だってそうでしょー? 軍なんて訓練したってしょうがないし、俺は特攻役みたいなもんですから他の兵士と仲良くなる必要もない。いやー、あんときは楽しいことなんてなくて、だから余計に……」


 ずっと耐えていたのだ。いつか彼女と過ごせる一夜が来るとそれだけを信じて、空虚な日々を過ごした。それと比べれば、特別やることもないことは変わらずとも、好きな人の側に居られることはこんなにも満たされることなのだと、今になって思う。


「大好きな姫様とこれからこんな風に一緒に居られるんだって思うと、嬉しくて」
「…………そう」


 盛大な惚気を聞かされたセーリスは顔を真っ赤にして俯く。その様をヘニルは一転してニヤけた顔で眺める。なんと可愛らしい反応かと。
 これから自分が惚気る度にこんなセーリスが見られるのなら嫌なことなど何もない。それを見るために毎日だって愛を囁こう。


「(もしかしてこんなのが毎日……、毎日!?)」


 今更になって彼は驚いた。夢が現実に、なんて話じゃない。それ以上の出来事だった。
 これは恋い焦がれる度に見た幸福な夢の中なのではないのか。そう思って自分の頬をつねってみる。


「……夢じゃない」
「そんなに感動されるとなんかむず痒い……。ヘニルがそこまで寂しがってたなんて、知らなかった」
「まぁ、ニブチンの姫様にゃ、俺の本心読むのは無理でしょお」


 じとっとした目で睨まれるも、そんな様すら愛おしい。


「だから、もう俺に寂しい思いさせないよう、いっぱい構ってくださいね……っていっても、常時姫様の側に居たらそう思うことも無さそうですよね。今でさえこんなに嬉しくて、愛しくて、堪らないのに」


 心の底から思っていることをヘニルが吐き出せば、セーリスはわなわなと震える。耳まで赤く染めて、彼女は手で顔を隠してしまう。


「もうっこんな時にそういうこと言うの禁止! 心臓が全然保たない……」
「じゃあ」


 テーブルの下で、ヘニルは自分の足をセーリスの足に摺り寄せる。それにびくりと肩を震わせ、セーリスは顔を覆っていた手を離して彼の方を見た。


「一つになった時にいーっぱい、聞いてもらいましょうか」


 一瞬の間を置いて、硬直したセーリスは再度顔を覆う。


「しんぞうとまった……」
「姫様死なないでー」


 あんまりやりすぎても毒かもしれない。そう思ったヘニルだった。


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