鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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09-09 離れない

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 裏庭に並んで腰を下ろし、セーリスは彼の話に耳を傾けていた。

 空はすっかり暗くなっていて、キラキラと星が輝いている。それを見上げ、ヘニルの手を握りながら彼女は彼の辿ってきた道の暗さを思った。
 実の母親に自分の生を否定されたこと。それを全て自分に非があるものと思い、自分を殺す手段を探して彷徨い続けたこと。彼の苦悩はあまりにも深く、自分の受けてきた仕打ちが可愛く思えてしまうほど惨いものだと思った。

 途端に彼が自分に求めているものが重く感じてしまってセーリスは俯いてしまう。ヘニルにとってセーリスは自分の過ちに気付かせ、前を向かせるきっかけになった存在、なのだろうがそんな自覚は無い。彼に対する当たり方も、正直そんな優しいものではなかったはずだ。
 自分は彼の救いに、本当になれていたのだろうか。

 好意にはずっと気がつかなかったし、それどころか国のために死んでくれ、あわよくば何百年も国に支えてくれ、なんて。諸々自覚がないのが余計にタチが悪い。


「私、そんなすごい人じゃないわ……」
「何ですかぁ姫様、最近ネガティブ思考も治ってきたって聞いたのに、もう弱音ですか」


 ヘニルの方を見れば彼は笑っている。不安そうな、悲しそうな顔をしているように見えたのか、彼は優しくセーリスを抱き寄せる。


「ずっと好意を口に出さなかったのは、やっぱりお母さんのことがあったから?」
「そうですね。そりゃあ、まだ戦果上げてないってのに、“俺、姫様のことが好きで子作りして人間になりたいんですぅ”なんて、口が裂けても言えないとは思ってましたよ」


 約束した手前、それを自分から反故にするようなことは言えなかった。それはヘニルが戦場に行っている間、サーシィから聞いた話だった。
 だがきっとそれは、本音ではあるけれど、告白をしない理由の全てではなかったのだろう。


「やっぱ怖かったんです。母さんのはそりゃ愛の告白じゃなくて、元の親子の関係に戻りたかっただけなんですけど、でも……何度想いを告げようと決意してもあの時のことを思い出して、断られたらって考えたら血の気が引いて……」


 頬を寄せ合いながら、彼は自嘲気味に笑う。あの重々しい愛の告白も、絶対に断られない為に考えたものなのだろう。そう思えば形容しがたい庇護欲のようなものがくすぐられる。
 そこで彼はもしかしたら自分のことを意気地なしとでも思っているのかと思って、セーリスは優しく彼の頭を撫でてやる。


「ヘニルは悪くない。そんなことがあったら怖くなるのは当然でしょ。私だって……激励の時、姉様が貴方の前に立った時、とても怖かった。ネージュ様みたいにヘニルも、姉様の方を選んでしまうんじゃないかって……」


 きっと彼への想いを自覚し始めたのはその時だ。

 いつだって自分より優れた姉を前にして、それでも自分を選んでくれた彼の姿に、どうしようもなく心を打たれた。ある意味ヘニルの想いを無視し続けたのも、最終的には自分を選ぶはずがないと、そういった諦めのようなものが要因にあったのかもしれない。


「へぇ、あの時そんなこと思ってたんですか」
「だって、そうでしょ。姉様は私より、綺麗で、スタイルだっていいし」
「そんなこと言わない。俺はセーリス様がこの世で一番美しく、可愛く、素晴らしい心と身体の持ち主だと確信してるんですから」


 本当か、という視線を向ければ、彼はいつもの笑みを浮かべて彼女の下腹部に手を這わせる。それだけで身体の熱が上がっていく気がして、セーリスは困ったように眉を下げた。


「惚れた弱みって奴もありますけど、本心ですよ。なんなら、今まで馬鹿どもに貶められた分、俺が毎晩愛しながら褒め言葉を囁いて差し上げますよ。早速今晩試してみますか?」
「心臓に悪そう……」
「そんで……もう我慢せずに、あんたを、孕ませてしまいましょうか」


 数秒遅れてヘニルの言葉を理解したセーリスは顔を真っ赤にする。


「は、ははやくない!?」
「ダメですか? まぁ、大事なことですし、デルメル様にゃ許可取らないと不味いでしょうけど」
「だって、だってまだ、その、恋人になったばかり、えっ、まだなってすらないかな?」
「恋人、ねぇ……」


 左腕でセーリスを抱き上げ、ヘニルは自分の膝の上に座らせる。向かい合う形でべったりとくっついた身体は熱く、激しく鳴る心音が煩いせいで聞こえてしまいそうなほどだった。


「俺は恋人になるつもりで告白した覚えはありませんよ。言ったでしょ、姫様の一生をくださいって」
「なに、結婚の申し込み……?」
「結婚だって離婚できるじゃないですか。だから、んー……なんですかね、運命共同体?」
「……何て呼ぶかはともかく、もう絶対に離れるつもりはない、ってこと」
「そうです」


 恥じらう様子もなく言い放つヘニルに彼女は呆然とする。意外と愛が重いというか、何というか、本当に意外だったのだ。ヘニルは束縛を嫌い、ベタベタした関係など御免だとでも言うかと思ったからだ。
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