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09-02 冷めやらぬ衝動

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「はーぁー……」


 大きなため息をついてヘニルは寝台に転がる。相変わらず右腕は動かず、見た目は酷い継ぎ接ぎだらけだ。医者からは、神族の並外れた治癒能力に期待する他無いと言われてしまった。

 ヘニルが目を覚ましてから既に一週間が過ぎている。だというのに彼は目を覚ましたその日以外、一歩も部屋の外に出ようとしなかった。それはとあることに頭を悩ませていたからだ。
 戦闘時に感じた昂りが、未だに消えないのだ。

 今でもふとした瞬間に戦場に居た頃を思い出す。そこで血に塗れ血を流し、命をかける痛みを感じながら槍を振るったこと。その状況を心の底で楽しんでいたこと。
 最初はよくあることだと思った。カムラに滞在していた頃、乱闘後に無性に興奮が収まらないことがあった。その時は酒場で好きなだけ酒を飲んで、寄ってきた女を好きに抱けば元に戻った。

 けれど今回は違う。それを彼は、目が覚めてすぐにセーリスに会いに行った時確信したのだ。




 目が覚めたヘニルは、カアスから自分が死にかけていたこと、それを知ったセーリスが酷く悲しみ、自分に魔術をかけたこと、そして倒れたことを知った。
 人目を避けてすぐにセーリスの部屋に行った。ベッドに横たわり眠る姿に安堵した彼は久しぶりに愛しい人に会えた喜びに夢中になっていた。


「ひーめさま」


 彼は躊躇うことなくベッドで眠るセーリスの上に乗る。ふにふにと頬を触って、何度呼び掛けても目覚めない彼女に彼は首を傾げた。


「お疲れなんですか? ねぇ、姫様」


 心臓は動いているし、息もしている。ただ目が覚めないだけだ。
 じっとその寝顔を見つめ、ヘニルはじわりと頬を赤く染める。薄く開いた口に噛みつくようなキスをして、べろべろと舌で唇を舐め回していく。


「はやく……起きてください、ご褒美、待ってるんですけど」


 ちゅう、ちゅっと唇を重ねる。放られた手を持ち上げて自分の頬に触れさせる。ぐいっと身体を密着させれば、戦地に居た際には一切慰められなかった男根が物欲しそうに首をもたげる。


「ん……、んっ、は……勃っちまった。……そういや姫様、なんか前と匂い違う……?」


 くんくんとその首筋に鼻を寄せ匂いを嗅ぐ。前は質素な、けれど落ち着くような香り、母親のような、そんな匂いだったのだが、今は少し派手さを想起させるような花の匂いがした。


「……なんだよ、男でも出来たのか?」


 むっと顔をしかめ、ヘニルはセーリスの頬に触れる。けれどその表情はすぐに崩れて、恋しそうに、焦がれるように彼女を見つめる。


「姫様……」


 下半身に溜まった熱は既に抑えきれなくて、もうここで抜いてしまおうかと、そう思った。セーリスの手だけ借りて、彼女の柔らかなそれに自身を包んで、きつく扱いて貰えれば。それだけで怒張はそのまま果ててしまいそうなほど張り詰める。


「俺はこんなに、あんたに夢中なのに……」


 指で頬を撫で、ゆっくりと下ろしていく。顔の輪郭をなぞって、そのまま白い、細い首筋に指をはしらせ――その肌の下に流れる血の色を想像し、目を細めた。

 皮膚を僅かに持ち上げるその脈動に触れ、恍惚の息を吐き出す。今ここで昂る熱を好きなだけこの女体に吐き出し、美しい白い肌を赤い色で飾ったなら、それはどれほど美しい光景となるだろう、と。


「……、……俺、何を」


 一瞬でもセーリスを手にかける想像をしたヘニルは顔を青くする。彼女を求めていた熱などすっかり消え失せ、ただ自分に対する恐怖だけが膨らんでいく。
 恐ろしかった。そのままセーリスの側にいれば本当に、彼女の首を切り裂いてしまうような気がした。


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