鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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09-01 父からの助言※傷描写

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「勝算はあると思うか」


 カアスの言葉で思い出したのは、父親がよく話していたことだった。




 父であるウラノスはよくヘニルに戦いに関する話をしていた。その理由は今となっては、万が一にもこういう状況になった際に我が子が生きながらえるよう、親心を働かせたものだったのだろう。


「会ったら死ぬ、そのレベルなのはアスラとデメテルだ」
「んだよ、親父とおんなじ原初とかなら誰だってやべぇんじゃねーの?」
「確かにやばい。だが今挙げた二人にはお前がどう足掻こうと絶対に敵わない理由がある」


 父を尊敬していた。手刀一つで木を根本からへし折り、どんな獣よりも足が早い。その気になれば逆立ちしていようと生きていけるというのに、よく父は狩りというものを自分に教えていたのが印象だった。それこそが、対神族の戦いにおいて重要だと考えていたからなのだろう。


「アスラ、まずこいつは思考すること自体しない。発見即抹殺、壊すことしか知らない獣みたいな奴だ。そもそもの身体能力差に加え、直感も馬鹿みたいに鋭いから策もなにも効かん」
「んー、ただ相手を殺すためだけに生きてるみたいだな」
「実際そうだ。俺たちは破壊の権化、奴はその象徴みたいなもんだ」


 今思い返せば、その言葉は自分にも当て嵌まるのだと、しみじみと思う。


「デメテルだが……身体能力は多分最弱の部類だ。だがあいつの殺意と執念は凄まじい、神族ってだけで目の敵にしてくる。圧倒的な戦闘経験の差で勝ち目は無い。何より、アイツが神器を継ぎ接ぎして作ったスリングがやばい」


 策や隙を突くこと自体が不可能なアスラ、差を埋めるための搦手が一切通用しないであろうデメテル。その二人の評を聞いた幼いヘニルは首を傾げた。


「じゃあ、他の奴には勝つ筋があるってのかよ」
「そうだ。楽勝、とまではいかないにしても辛勝程度なら他の奴らは可能だ。例えばテュール」


 そう、父はテュールと戦わなくてはならなくなった時どうすればいいか、それを自分に教えていた。


「奴はバロール並みに残酷な奴だ。だが自分の強さに陶酔し、獲物をいたぶる癖がある」
「獲物をいたぶってる最中を狙えばいいってこと?」
「そんな場所に出会すくらいなら逃げろ。こりゃもしもお前が対面でやり合うことになったらって話だ」


 お前ならどうすると問われ、ヘニルは頭を抱えた。


「簡単だ。やられたフリをすりゃあいい。だがこいつはいかに急所を守りつつ相手に勝利を確信させるかが重要になる。力が使えるようになったらちゃんと練習しとけよ。絶対死守は頭と首だ。最悪腕や足の一本はくれてやれ、多分くっつけば動く」
「まじかよ……」


 その頃はまだ普通の人間に近かったヘニルは呆れたものだ。頭と首がどうもしなくても、存外あっさり死ぬというのに。

 けれど父の言葉に従えば勝つという確信はあった。戦っている最中は確かな力の差の前に無我夢中だったものの、頭は酷く冴えていたのを覚えている。

 獲物をちらつかせて、殺意を突いて。
 奴が喰らい付いたところを見逃さず、的確にその首を刎ねてやった。


「気抜きすぎだ、ばーか……」


 目の前に転がるその死体を見て、彼は笑みを浮かべた。
 痛みすら感じないほどの興奮と達成感。父と同じ原初を喰らってやったという優越感。

 そしてなにより。


「姫様、やりまし、たよ……姫様、俺は、貴方のために」


 貴方が身体を差し出して手に入れた男は、こんなにも強いのだと、ようやく胸を張って言える。何せカムラの神族三人、その上テュールまで討ち取ったのだ。きっと彼女も大喜びするに違いない。

 これなら褒美も期待できる。もしかしたら、もしかしたらセーリスが、優秀な自分にようやく好意を抱いてくれるかもしれない。そしたら今度こそ愛を誓える。ずっと貴方だけを想っていたのだと、一緒に生きようと契りを交わして、ああ、それは何て――


「しあわ、せ」


 ぐらりと身体の軸がぶれてヘニルは倒れ込む。左手に持っていた槍を手離し、彼は眼前にある自分の無残な右腕に手を伸ばした。


「うで、繋げねぇ、と」


 そこで一瞬意識が途絶える。身体は彼が思っていた以上に限界が近かったのだ。

 再度目を覚ましたのはカアスの呼びかけが聞こえた時だった。


「おい、生きてるか。……ギリギリだな」


 ヘニルの傷を見てカアスは僅かに顔を顰める。彼女も傷だらけだというのに軽々とヘニルを抱き上げた。既に興奮が冷め切ってしまっているせいで激痛も感じるようになっていて、彼は呻き声を漏らす。
 けれど右腕を無視して踵を返そうとするカアスに、痛みに耐えながら言葉を紡いだ。


「腕、っ、腕繋げろ……」
「腹の傷の方が不味い。こんなズタズタなもんくっ付ければ腹の再生が追い付かない。腕は諦めろ」
「だめ、だ……! 腕がねぇと、……ひめさま、抱き……」


 自分の状態など分からなかった。ただその時は既に意識も朦朧としていて、激しい痛みからくる焦りから早く王国に帰りたくて仕方がなかった。
 早く帰って、セーリスに会いたかった。その時に腕が無いと困ると、そう必死に訴えた。

 そうして完全に、意識が途絶えたのだ。

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