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間隙:帰還 01 憔悴

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 出撃からおよそ一ヶ月が経った。


 ヘニルの話では、すんなりと防衛できればこのくらいに帰ってこれるはずだった。けれどその予想は呆気なく覆されてしまったようだ。

 毎晩眠る前にヘニルの無事を祈っては、彼が帰ってこない想像をして涙を溢した。それほどまでに、セーリスは不安でしかたがなかったのだ。
 功績欲しさに無茶な戦いをしているのかもしれない。やはり褒賞などという話などするべきではなかったと、そう何度も後悔した。


「矛盾している……」


 彼を戦争に連れて行くために勧誘したのは自分だ。緊急時には国のために死ねと、そう遠回しに言っていたのだ。
 戦争では誰よりも矢面に立つのが神族。時には兵士の盾となり、包囲網を突破する剣にならねばならない。そう思えば、自分はなんて酷なことを彼に頼んだのだろうかと、そう自分を責めずにはいられなかった。

 自分の身体などでは到底足りない。そんなことを今更思ったのだ。


「ヘニル、どうか無事でいて……」


 日々不安に駆られやつれていくセーリスを、周囲の人々は案じた。けれど誰しもが前線の情報を得られず、きっと大丈夫だと彼女を励ますことしかできなかった。

 それから更に二週間ほどが過ぎて、セーリスはデルメルの執務室に呼び出された。


「お待たせしました……」


 相変わらず暗い彼女の表情に、デルメルは眉を下げる。その反応からも、心が明るくなるような話題では無さそうだと思い、セーリスは再度頭を下げた。


「ちゃんとご飯は食べてる?」
「はい」
「夜は眠れている? 夜中に目が覚めたりしていない?」
「香を頂いてからはよく眠れています」


 そう、とデルメルは安心したように息をつく。
 しばらく沈黙が流れる。それはまるであのデルメルが何かを迷っているような気がして、不安が増す。

 ようやく決心がついたのか、彼女は一つ咳を零すと、側にあった書類を手繰った。


「……ようやく戦況報告が届いたわ」
「! 本当ですか!?」


 咄嗟にそう喰いついてしまうも、デルメルの顔に笑みが浮かんでいないことから彼女は察してしまう。
 何か、悪いことが起こったのだ。


「結論から言うと……王国は勝ったわ。被害は大きかったけれど、大戦果を上げている。今も僅かな衝突が続いているけれど、ニーシャン・カムラ両軍の本隊は撤退を始めている」


 被害が大きかった。その言葉にセーリスは凍りつくような気がした。
 多くの兵が死んだのだろう。そしてヘニルの身にも何か。


「ニーシャン最強の戦士テュールを討ち取り、出撃していたカムラの神族三人の首をとったそうよ。カアスの分析によると、ヘニルの功績が相当大きいと」


 ようやく口から出たその名前にセーリスは顔を上げる。


「ヘニルは、彼はどうしたんですか……!?」


 言及を避けるようなデルメルに、セーリスは必死になってそう問いかけた。
 僅かにデルメルは眉を寄せる。


「テュールとの戦いで深傷を負い、昏睡状態」
「っ!」
「手は尽くすけれど、生きて王国に戻れるかは分からないそうよ」


 まるで目の前が真っ暗になるような、そんな衝撃だった。
 昏睡状態。生きて戻れるか分からないほどの大怪我。そんなもの、帰ってこれないと言っているのと同じだ。

 踵を返そうとするセーリスをすぐさまデルメルが呼び止める。


「どこに行くの」
「ヘニルのところに……行かせてください、デルメル様……!」
「王国には既に傷を負った兵士が戻ってきている。持ち場を離れることは許さないわ」


 それに、と彼女は厳しい視線をセーリスに向けながら続ける。


「魔術で神族の傷を癒すことはできないの。私たちはありとあらゆる魔術の干渉を受け付けない。医療のプロでもない貴方が行ったところで、何も変わらないわ」


 無慈悲な言葉は、けれど紛れもない事実だった。


「セーリス、今貴方に救える命を捨てることは決して許されない。……分かるでしょう」


 拳を強く握り、彼女は必死に耐える。


「辛い思いをさせてごめんなさい。どうか彼の帰還を信じて、今は耐えて」


 デルメル自身も戦況を見誤ったと思っているのだろう。ニーシャンとカムラが組むことはまだしも、まさかテュールが戦線に出てくるとまでは読んでいなかった。
 それを知っていたなら彼女もまた前線に居ただろう。そうすればきっとヘニルが重傷を負うこともなかったかもしれないと。

 しかしデルメルまで出撃していた際、残っていた神族が別のルートから防御の薄い王都を攻めてきた可能性も否めない。どちらも賭けだった。

 けれどそれを口には出せなかった。それはせめて、ヘニルの生死が判ってからだ。今後悔に苛まれるセーリスが激しい憎悪まで抱こうものなら、きっと彼女は壊れてしまう。


「(今はまだ、まだ……)」


 小さくなった背中を見送る。また愛し子を悲しませてしまったと悔いながら。
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