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間隙:書簡 01 戦場の貴方へ
しおりを挟む軍が王都を発ってからしばらくして、すぐにヘニルから手紙が届いた。あまりの早さに驚いたものだが、軍部には私用の伝達係もきちんと設置されているためおかしいことではないとデルメルから言われた。戦地に赴く大切な人を思う民のために、そして少しでも早く兵士たちが無事を知らせられるようにと、そういう仕組みが作られたとか。
ヘニルの手紙はセーリスが思っていた以上に複雑で、思わず経験者であるサーシィの助力無しには読めなかった。誤字と脱字、致命的なまでに悪い文章構成。彼が森育ちの野生児だということがよく分かる。
だがそんなところにも不思議と愛しさを感じてしまう。
「“親愛なるセーリス様。つきました。こっちはすこしさむい。まだこぜりあい。カアスと少しけんかしました、ごめんなさい。たいくつ。がんばります。ヘニル”……概ねこのような内容でしょう」
「帰ってきたら少しは勉強を見たほうがいいかもしれないわね」
はぁ、とセーリスはため息をつく。この文章力では思っていることの半分も表現できていないだろう。
ヘニルの地頭は恐らくそこまで悪くない。脳筋まみれの神族、などと言われる割には、父親であるウラノスの影響が強いせいかそれなりに物事を考えるタイプだ。だからこそ、彼が戦場で何を思っているのか、セーリスは知りたいのだ。
「ていっても私もそこまで勉強できるわけじゃないしな……」
「そこまで高いレベルを要求する必要はないでしょう。そもそも、あの荒くれ者が姫さまの前以外でまともに勉学に励むわけがありません」
サーシィの言葉にセーリスは首を傾げる。
「そうかしら。前に訓練の様子を見た時は結構真面目にやってたと思うけど……」
「それは絶対に姫様が見てると分かっていたからです。あの手紙を書くのも本当に大変だったんですよ……?」
あの手紙、というのは謝罪文のことだろう。セーリスが読めるレベルのものを作らせたサーシィならば、ヘニルに教えるという行為の大変さを身を以て理解しているのだろう。
「まぁ、私はいつだって暇だから……」
特に定まった仕事があるというわけではなく、自分からやれることを探さなければ基本何もすることが無いのだ。そんな自虐的な物言いに、サーシィは悲しげに目を伏せる。
「んー、なんて返事を書こう」
そこでちょうどよく自室の扉がノックされる。王族の寝室があるここまで来られるのは王城内でも一部の者のみだ。ならば来客はセーリスの親しい人物くらいだろうと。
サーシィが扉を開ければ、そこにはデルメルが立っていた。
「デルメル様」
「お休みのところごめんなさい。セーリス、大事な話があるの。地下工房でカーランドと一緒に待っているわ。サーシィも一緒にどうぞ」
大事な話、ということだが侍女付きで構わないというのは不思議な話だった。それにカーランドと一緒に、というのはぜなのだろうかと、そうセーリスとサーシィは顔を見合わせた。
夕暮れ時の王城を歩き回り、王宮魔術師たちが集う工房へと赴く。軍と共に戦場へ向かった者も多いためか、そこにはデルメルとカーランド以外の人物は居なかった。
「その、大事な話、というのは?」
恐る恐るセーリスは二人に問いかける。どちらも大好きな人ではあるが、こういう状況は緊張してしまう。
デルメルはカーランドに視線を向けると半歩さがる。いつもの柔和な表情を浮かべ、カーランドは頷くと口を開いた。
「実は私はそろそろお暇を頂く予定でして」
その言葉にセーリスは驚く。お暇、などと曖昧な言葉で表現されてはいるが、要は魔術師の仕事を辞めて余生を過ごす、ということだ。
「じゃ、じゃあ、カーランド様は、もう王城に来られないの……?」
「急に居なくなるようなことはしません。まだ弟子に教えることも多い。ただこの老いた身では、口を動かす以外の仕事が日々出来なくなっていく。ならば、この力を後進に託し、残った知恵で彼らを導く方がより有意義でしょう」
いまいち話の筋が見えずにセーリスは眉を寄せる。そもそも、カーランドが退職するというだけで自分が呼ばれる理由が分からないのだ。
混乱している様子のセーリスを見てか、ようやくデルメルが口を開く。
「魔術師はどのようにしてその技術を得るか、セーリスは知っているかしら」
「ええっと……地道な研究と実践、ですよね。でも人の身で高い階級の魔術を使えるようになるには才能と、かなりの時間がかかると」
「一般的にはそう。けれどもう一つ方法がある。それが、魔術師の技術を他人に継承させる、という方法。カーランドもまた、同じ方法で魔術師になったのよ」
「そ、そうだったんですか」
聞いたことの無い情報にセーリスは驚く。それと同時に、こうして人目を憚っているのが、その事実自体かなり機密性が高いものだからだろう。
「そういう訳で私は、是非セーリス姫を後継にしたいと考えているのです」
にこやかにそう言い放つカーランドに、彼女は硬直した。そして咄嗟に首を横に振る。
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