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08-05 幼き恋
しおりを挟む行く先は特に無いようで、立ち入りを許されている王城内をふらふらと歩き回っているようだ。いつもは兵舎に戻る時間になっても、辺りがすっかり暗くなっても彼はため息をつきながら足を動かす。
さすがのサーシィもそろそろ観察を終えて戻ろうかと、そう思った頃だった。
王城内には至る所に花壇がある。そこに咲いている花が目に付いたらしく、ヘニルはしゃがみこんだ。何かを考え込むように、その色とりどりの花を見つめていると、遠慮することなく手で摘み取る。
その姿を見たサーシィは咄嗟に昼間のデルメルの言葉を思い出す。
――小さな男の子が、大きくなったら僕と結婚してくださいって一輪の花を差し出してくる、そんな感じかしら
辺りを見渡し人目が無いのを確認するとヘニルは軽々と一階部分の庇に飛び乗る。いつもセーリスの部屋に入り込む際にはこうやって人目が無い場所の屋根を伝い、開いた窓から侵入するのだろう。
「お待ちなさい、ヘニル様」
更にもう一段と跳躍しようとするヘニルを、サーシィは咄嗟に呼び止める。
「そんな場所を通って、どちらへ行こうというのですか」
「どこって、姫様のところに決まってるだろ」
「先程あんなに嫌がられたのにですか」
サーシィが見ていたことも分かっていたのだろう、ヘニルは特に驚く様子も見せない。
「とにかく降りてきてください。花を持っていこうと、姫さまは良い顔をしませんよ」
「……オヒメサマってのはこういうのを喜ぶんじゃないのか?」
素っ頓狂な言葉にサーシィは大きくため息をつく。デルメルの幼稚な恋愛観という表現はあまり間違っていなさそうだった。
安直な発想を否定されたからか、大人しくヘニルは降りてくる。
「そもそも! 花壇の花を摘んで持っていく者がいますか。王城のものだと知れば姫さまは怒りますよ」
「いっぱい咲いてんだからいいだろ別に」
一本や二本大したことじゃ無いと、そうヘニルは不機嫌そうに言う。セーリスに対して以外はこういった反抗的な反応が多い。サーシィの苦言にも、セーリスがその場に居るか居ないかで大分態度が変わるのだ。
「貴方のそういう、自分は気にしないから相手も気にしないはず、みたいなところが姫さまの怒りを買うんですよ」
「はぁ!? 俺だってちゃんと考えてやってらぁ!」
「ではなぜ姫さまは怒っておられると思っているんです?」
そう言えば言い返せずにヘニルは口を噤む。必死に否定しようと頭を巡らせているのだろうが、サーシィの真っ当な指摘を覆す返しは無かった。
はぁ、と大きくため息をつき、ヘニルは再度しゃがみ込む。手で強く握っていたためか僅かにぐったりと萎れかけた花を花壇に並べてじっと見つめる。
「なんで上手くいかないかねー……」
はっきりと落ち込んでいる様子のヘニルを見てサーシィは眉を下げる。背丈は成人男性そのものだというのに、なぜかその様は小さく見えた。
「ヘニル様はなぜ、姫さまのことが好き……なのでしょうか」
「なに、姫様のお付きなのに姫様の魅力も分かんねぇの?」
痛いところを突かれたことに対しての反撃か、ヘニルはそんな憎まれ口を叩いてくる。それにムッとなったサーシィはすぐさま言い返す。
「姫さまに全く相手してもらえない貴方よりも、ずっと理解してございますよ」
「ムカつく!」
「誰に対しても噛みつくような男など、姫さまの眼中に入るはずがありません」
またもやうぐっ、とダメージを受けたようにヘニルは呻き声を漏らす。未だにデルメルに対する態度もセーリスから注意される彼としては耳の痛い指摘だろう。
「やはり惚れたとかいう話は王国に取り入るための嘘ですか」
「まぁ、あん時は姫様可愛いじゃん、みたいなノリだったけどさ」
その物言いに彼女は眉を寄せる。やはり俗物か、と睨みつけるも、ヘニルの表情は至って真面目そのものだった。
「めっちゃ可愛いよなぁ……、良がってる時の反応とか顔とかさ」
「うわっ、死んでください」
「んだよ別に普通だろ……!?」
男性からすればぐっとくるところなのかもしれないが、それはとてもじゃないがサーシィには許容できない。
「姫さまは貴方の娼婦ではありません」
「そんなもん分かってるって。姫様が特別な理由はもう一つあるけどさ……それは誰にも言う気はない。私情塗れだから」
再びヘニルはため息をつく。その私情塗れの理由というものは気になるが、どうにも触れて欲しくなさそうだ。先程の話を聞いた限り、カアスの煽りならぬ追及を無視し続けているのも、セーリスとの秘密の関係といい口に出せるものではないからなのだろう。
「昔からなぁ、大好きな人から好かれた試しが無いんだよな」
「姫さまに想いを伝えてしまえばいいでしょう。そうすれば姫さまも、多少はお心を砕いてくださると思いますが」
「あー……それよく考えたけど、絶対にやらないわ」
「なんですか、ムキになってるんですか?」
鈍感なセーリスが気付いてくれるまで告白などしないと、そう考えてのことかと思い、サーシィは眉を寄せる。
しかし彼の返答は想像以上に重いものだった。
「姫様はさ、俺が王国の戦力になることを期待してるんだ。姫様はそのために俺に代償を払った。なら、俺の方からそれを無駄にするようなことはできない」
「……どういうことですか」
話が見えずにそう問い返す。それにヘニルは視線を地面に落としたまま答える。
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