鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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08-02 宮宰曰く

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 仕事の合間にサーシィはまずデルメルの執務室を訪れた。本来ならよく主人たるセーリスがそこで仕事を手伝っているのだが、今日は王宮魔術師であるカーランドを手伝っている。

 最近は人の視線を前ほど怖がることもなくなり、王宮の魔術師を中心に交友関係も広がってきている。セーリスはそれをヘニルのおかげだと言っていたのも、サーシィが変に彼に期待を寄せる理由の一つだった。間違いなく、ヘニルはセーリスに様々な変化をもたらしている。


「サーシィ」


 小鳥の囀りのような可愛らしい声が名前を呼ぶ。どうやら先客の用件はとっくに終わっていたらしく、デルメルは心配そうな顔をしてサーシィを見つめていた。


「怖い顔をしてどうしたの? 何か困りごとかしら」
「あ、申し訳ございませんデルメル様、お忙しい中だというのに」


 頭を下げれば彼女はすぐにいいのよ、と言って微笑む。


「貴方がそんな顔をするのはセーリスを想ってのことばかりだわ。あの子のことで心配事でも?」
「姫さまのこと、というよりかは、その、ヘニル様のことが気がかりなのです」


 そう言えばデルメルは僅かに目を伏せる。普段温厚な彼女は滅多に害意というものを表に出さないが、じわりと背筋が寒くなるような殺気が漏れ出すような気がした。


「……あの若造がセーリスに何かしたのかしら」
「いえぇ! そういう話ではなく!」


 慌ててサーシィは首を横に振った。何かした、というのはあながち間違いではないのだが、それがデルメルに知られることをセーリスは望まないだろう。


「デルメル様はヘニル様の仕官理由についてどうお考えなのでしょうか? 姫さまに一目惚れしたというのも、軍内部では有名なことだとか……」


 器用にデルメルは書類にペンを走らせながら答える。


「確かにあの張り付いた薄ら笑いは気に入らないけれど、仕官理由に関しても基本的に嘘はついてないわ。脳筋だらけの神族の中ではそれなりに賢い方。そういうところは、あの男の父親、ウラノスによく似てる」
「ウラノス様、ですか」


 嘘は無い、というところでサーシィは目を伏せる。やはり、デルメルはヘニルの想いを知っていて仕官を許したのだろう。
 神族の中でも賢い方、という指摘にもなんとなく理解はできる。確かに奔放で粗野な面もあるが、考え無し、というような人物ではなさそうというのはサーシィも理解しているところだ。

 寧ろあくどい甘言を操る性悪ではないのかと思っていたのだが。


「もう一人、今どの国にも属していない奴と違って、ウラノスは多分国に肩入れすることのメリットとデメリットをよく理解していたはず。そして多分、ヘニルもそれを聞かされて育ったんだと思うわ」
「なるほど……?」
「でも父親の言葉を確かめる為、というのは多分理由の半分にも満たないんじゃないかしら。ヘニルは嘘は吐かないけれど、いくつもある思惑の全てを口にしない、些細な意図を誇張して本音を隠す、そういう手合いよ」


 父親に関する理由というのは半分にも満たない。その言葉にサーシィは一瞬思考を止めてしまう。嘘ではなく本音を隠すタイプだというのも、そういわれてみれば、という感じであった。
 それならば彼の仕官の理由の大部分とは、残っているのはあと一つだけのはずだ。


「えっ、それでは」
「あの男はほとんど、九割方くらいセーリス目当てで仕官してきたのでしょうね」


 えーっ、と頭の中で彼女は叫んだ。デルメルがそこまではっきりとヘニルのことを理解していたのも驚きであるし、そしてそれを黙っていたことも驚きだった。


「で、では、なぜ仕官をお許しに……?」


 その問いにデルメルは手を止め、落としていた視線を上げる。その表情はどこか困っている、というような顔だった。


「ヘニルは確かにウラノスによく似ているけれど、人の社会にも不慣れだし、まだまだ子供だわ。私の何百分の一しか生きていないヒヨっ子で、いろいろと未成熟なのがすぐ分かった。……セーリスへの淡すぎる恋心もね」
「と、言いますと……?」
「小さな男の子が、大きくなったら僕と結婚してくださいって一輪の花を差し出してくる、そんな感じかしら。そんなに子供じゃない? 分かりにくいかもしれないけど、ヘニルの恋愛観って本当にそんな感じよ、見てるこっちはむず痒くなるくらい」


 要するにデルメルとしては脅威と思うほどのものでも無かったのだろう。
 しかしヘニルの恋愛観が未成熟、というのはよく分からない。特に性欲に従順すぎるところなんかは、いたいけな恋心とは到底言えないだろう。


「子供の恋、のようなもの、ということでしょうか」
「そう。“僕はこの人を一生かけて守って愛し続けるんだ”を本気で思ってる感じの。まぁ図体もでかいし、紛いなりにも二十年は生きてるからオトコとオンナくらいは分かってると思うけど」


 デルメルの発言にサーシィは思わず昨夜のことを思い出す。想い溢れるままにセーリスを夢中になって抱いていたところは確かに、やってることはともかく慕情自体は無垢に想いを寄せる幼子のようだ。


「それにセーリスも、この私が育てたのだからダメな男くらい見分けがつく。……レクサンナと同じ人を好きになってしまうくらい、ね。だから心配はしてないわ、過干渉もまた愛し子にとっての毒だもの」
「ネージュ様のことは本当に……、あの失恋が原因で姫さまは異性に対しても興味を失くされてしまいましたから」
「そうね。お似合いだったのだけれど、彼は優しい人だから、一緒に居たい人よりも支えたい人の方を選んだ……これ、レクサンナにもセーリスにも内緒して頂戴ね」


 衝撃的すぎる事実にサーシィは息を呑み、必死に頷いた。

 ネージュという男は平民の出ではあったが、その優秀さを宮中伯に認められ、王宮に仕えるようになった人物だ。人当たりも良く聡明で、セーリスより七つ上の大人の男性だった。彼女のことを理解し優しく受け止めてくれる、正に理想のような人物だった。

 惜しむらくは、彼を好きになったのがセーリスだけでは無かったことだ。
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