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08-01 お叱り

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「悪かったですって姫様、機嫌直してくださいよ」


 腕を組んでそっぽを向くセーリスにヘニルは手を合わせながら謝罪を口にした。彼としては、まさか彼女がここまで腹を立てるとは思っていなかったのだろう。いつもの笑みは引きつっている。


「ほら! 俺の出発まで後六日しかないんですよ! 早いとこ仲直りしましょう」
「勝手に行ってくれば?」


 容赦の無い一言が深々と胸に突き刺さる。自業自得とはいえ、セーリスもなかなかに頑なだった。

 セーリスが怒っているのは前回の後処理をサボったことや、約束を破って見える場所にキスマークをつけたことだけでは無い。前々から思っていたことだが、ヘニルの行為に対する節度の無さだ。
 基本的に彼への命令の代償である夜伽は、彼に強いる負担の分という話だった。しかし前回の八つ当たりというものは、彼女からしたら見合った代償には思えない、むしろ過剰なものと思っているのだろう。

 本当はカアスの鬱憤ではなく、彼の好意に全く気付かないセーリスに対する鬱憤なのだが彼女は知る由もない。本当のことを言えば理解はしてくれるだろうがそんな無様な告白だけは絶対に嫌なヘニルも、ただ機嫌を直せと縋る他なかった。


「ひめさまー?」


 目の前に回ってきたヘニルを避けるように彼女はぷいっと視線を逸らす。それにしょんぼりとした様子で彼は項垂れた。


「なぁ、サーシィさんも何か言ってくれよぉ」


 セーリスの側に控えていた彼女にダメ元で助けを求める。といっても、セーリスの馴染みである彼女はヘニルとの関係を諫めている立場なのだが。

 数秒ほど間が空いて、二人とも反応の無いサーシィの方を見る。
 思えば昨夜の始末について、不思議とヘニルに文句を言っていなかった。どこか上の空でぼうっとしているサーシィに、セーリスは首を傾げる。


「どうかしたの?」
「……、あっ、いえ、何でもありません、姫さま」
「?」


 慌てたようにサーシィは取り繕うと、佇まいを直してヘニルに厳しい視線を向ける。


「ヘニル様、そろそろ休憩が終わる頃では? またデルメル様にスリングで尻を叩かれますよ」


 サーシィがその場面を見たのは、カアスと本気の喧嘩が始まりそうになった時だった。既に何発か殴り合いをし始めていた二人を発見した誰かがデルメルを呼んだのだろう。

 デルメルはその未発達にも見える身体が故に、力などは他の神族よりも劣ってしまうのだという。だというのに、愛用しているスリングでたちまち二人を転倒させた後、王城に響き渡るほどの音を立てながらスリングを鞭のように振るっていた。さながら鞭打ち刑執行人のような迫力だった。
 そのことを思い出したのかヘニルはさっと顔を青くする。


「うー……また来ますからね、姫様」
「来なくていいっ」


 しっしとセーリスはヘニルに向けて手を払う仕草をする。ヘニルは一瞬息を呑んで眉を寄せると、その手を両手で掴む。


「…………」
「な、なによ。元はと言えばあんたが悪いんだからね!」
「ちゃんと、反省してますから。ほんとに、すいませんでした、姫様」


 そう言ってセーリスの掌に口付けを落とすと一度頭を下げてヘニルは踵を返して去っていく。


「ほんとに反省してるのかしら。ふん」


 不機嫌そうにそう言い捨てるセーリスの姿を、サーシィは何とも言えぬ表情で見つめていた。
 彼女は昨夜、セーリスの部屋の前まで来たのだ。理由は、やはりヘニルとの爛れた関係をなんとかして正すべきなのだと、ただセーリスを弄んでいるだけのあの軽薄男から大切な姫を守らなければと、そう思ってのことだった。

 しかし、そこでサーシィは衝撃的な言葉を聞いてしまった。


 ――好き、です……、いい加減、気付いてくださいよ
 ――!?


 サーシィもまたセーリスと同じ、彼の“第二王女に惚れた”という言葉を嘘だと考えていた。手っ取り早く王国に取り入るための言い訳に使っているのだと、だからこそサーシィには許せなかった。

 しかしその言葉を聞いてから思い返してみると、まずあの嘘に敏感なデルメルが特に何のアクションも起こしていないことが引っかかった。恐らく敢えて黙っていたとしても、右腕であるカアスには伝えているはず。なのにカアスまでも、ヘニルの好意を茶化しているとのこと。

 これは実はひょっとして、本当にそうなのではないのか。


「(神族嫌いのデルメル様がヘニル様の嘘を責めないのはあり得ない……、寧ろ姫さまを偽の口実に使った時点で仕官をお許しになるはずがないもの)」


 ならばデルメルはヘニルの戯言が嘘では無いということを分かっているはずなのだ。
 これまで軽視され続けたせいで自分に全く自信が持てないセーリスに、ようやく春が来るのかもしれない。出会いも手順も最悪だが、もしかしたらヘニルは敢えてそう振舞っていた可能性もある。愛しの姫の幸せを願って止まない彼女はヘニルの想いに対する期待を抑えられなかった。


「(ヘニル様が真に姫さまに相応しい人物か、このサーシィが確かめさせて頂きます……!)」


 全ては、哀れなセーリスのため。
 美しく才能人だった姉を持ち、いつも比較されては第二王女は出来が悪いと、そう無下にされ続けてきた彼女に少しでも幸せになってもらうため。


「(そのためにはまずデルメル様にお伺いを立ててみましょう)」


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