鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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07-07 彼への感謝

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「何よその顔は」
「別に、何でもないですぅ」


 完全に拗ねた様子でそっぽを向くヘニルに彼女はため息をつく。もしかしたらこれがカアスの言う、人間社会に慣れていないことの弊害なのかもしれない。


「ともかく、デルメル様と同じように、カアス様とも喧嘩しないこと。手も足も出しちゃだめ」
「その頼みはタダじゃ聞けないです」
「分かった。ちゃんといつものお願いするから」
「……そういうことは分かるのに何で」
「何か言った?」


 何も、とヘニルは視線を逸らしたまま言う。彼としては主人であるセーリスへの陰口に反発することが騎士として正しい行いだと思ったのだろうか。確かに彼がセーリスの騎士を自称する理由は分からないが、騎士というものは主人への侮辱を決して許さないものだろう。


「(っていっても騎士だけど狂犬よね。言うこと聞く代わりに身体要求してくるんだから)」


 けれど騎士としての役目を果たしたと言うのならば感謝するのが筋だろう。今回も、そして以前もヘニルは同じように自分に対する中傷に怒ってくれたのだ。
 それに自分の陰口に怒ってくれる人物、それも自分の前で、相手に面と向かってそれができるのはヘニルくらいのものかもしれない。


「でもまぁ、怒ってくれてありがとね、ヘニル。思えばこの前のこともちゃんとお礼言ってなかった。あんたと会ってから、なんか少し強くなれた気がする。ヘニルのおかげね」


 そう思うと少し嬉しくなってセーリスは微笑む。


「……、姫様の騎士ですから、当然のことをしたまで、です」


 ちらりと彼はセーリスに視線を移して、再度また地面へとそれを落とした。


「気になるんだけど、どういう話の流れで私が美人じゃないってカアス様は仰ってたの?」
「そうですね、第二王女なんて美人でもないのにどこがいいんだ、って感じです」
「…………」


 本人を前にしないと流石に怒りが湧いてきてセーリスは拳を握り締める。いくら何百年も王国に仕える英雄とは言え、無神経にも程があるだろう。


「ヘニル」
「はい?」
「ぜっっっったいにカアス様より強い戦士になってギャフンと言わせるのよ……!」


 そう言えばヘニルは得意げな笑みを浮かべる。恭しく礼をして、セーリスの手を取った。


「姫様の名誉のために喜んで引き受けましょう。まぁ、もう俺の方が強いですけどね」
「ほんとに……?」
「ほんとですって! 来週の戦果で証明してさしあげますよ」


 その言葉でセーリスはヘニルに会いに来た理由を思い出す。来週からヘニルが国を離れるのだからもっと話をしておいた方がいいだろうと、そう思いついたのだった。


「どれくらいまでかかるものなの? カアス様とかって、小競り合いが激しい時なんかはほとんど王都には居ないし……」
「上手く防衛戦で圧倒して、相手が諦めてくれれば早くて一月ちょいくらいですかね。ニーシャンの軍にテュール……原初の神族が出て来たりしなければ。まぁそんなことあり得ないし、大丈夫だとは思いますよ。俺も居ますし」
「じゃあ、早く戻って来れそうなの?」


 にこりとヘニルは機嫌良さげに微笑む。そんな顔をされる意味が分からずセーリスが首を傾げると、彼は口を開く。


「俺が国を離れるのがそんなに寂しいんですか? 姫様が望むなら、ぱぱっと終わらせて帰ってきますよ。のこのこ出てきた相手の神族、全員の首と一緒に!」
「そういう訳じゃないけど……」


 咄嗟に否定しそうになってセーリスは閉口する。ヘニルは楽勝のような雰囲気を出しているが、戦場というものはそんな生優しいものでは無いはずだ。


「ううん。親しい人が戦場に行くのは初めてだから……少しだけ怖いかも。怪我しないでね、ヘニルが帰ってくるの、待ってるから」


 それに驚いたようにヘニルは瞬きを繰り返す。じわじわとその頬を赤らめて、幸せそうに微笑む。


「気が早いですよ、姫様。そういうのは出発前に、行ってらっしゃいのキスと一緒にお願いします」


 変わらずの軽口を叩くヘニルにセーリスも笑みを浮かべる。

 その後はもっと真剣な話をする予定だったものの、不思議と何気ない会話に花が咲いてしまった。次に話せるのはいつだろうかと考えていたところで、その夜早々にヘニルはやってきた。

 が、彼の目的が話をすることなどではなかったのは、言うまでも無い。
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