58 / 120
06-10 悪魔的な
しおりを挟む数日後。昼間の訓練場にふらりと現れたセーリスを即座に見つけたヘニルは、嬉々として彼女の元へと走り寄る。
こんなにも彼が喜んでいるのは簡単な話だ。前回一夜を共にした際、けっこう攻めたアプローチをしたため、さすがの鈍感なセーリスといえど自分の好意に気付いただろうとそう思っていたからだ。
「ひめさまー!」
「なんか変に機嫌いいわね」
「姫様に会えれば俺はいつでもゴキゲンですよ?」
思ったよりも普通そうなセーリスに彼は少しだけ冷静になる。今までも何度も彼の期待を裏切ってきた人物だ、正直どんな斜め上の鈍感ムーブをかましてきてももう驚かない。
しかし前回の出来事にはそれほど自信があった。何せ、彼女の目の前で自慰までしてみせて、お前でこんなに興奮しているんだと、他の女など眼中になくお前しか見えていないんだと、そうはっきり表現したつもりだった。
その間セーリスはじろじろとヘニルを見つめている。それもようやく自分のカッコよさに気付いたんだろうと、自信満々に思っていた。
「……いつものヘニルね」
「? 何がですか?」
小さく息をついてセーリスは言う。
「あの後、ラズマにいろいろ聞いたんだけど、実はあの魔術、いろいろとめちゃくちゃに組み込んだものらしかったの。動物習性を組み込むとかなんとか……だからまぁ、前回のこと、いろいろ気にしないでほしいの」
「気にしないでほしい……?」
「だから、その……あんたにいろいろ擦り寄ったこととか、二人で変な気分になったこととか。私ももうこの前のこと深く考えないことにしたから」
「え」
「あと、えっと……」
くいくいっとヘニルの裾を掴み、セーリスは彼に少し屈んで耳を貸せというジェスチャーをする。その可愛らしい仕草にときめきながら屈んで彼女の口元に耳を寄せれば、すぐ側で聞こえるその愛しい声に胸が激しく高鳴る。
「……たたないのは、疲労のせいじゃないかって、本に書いてあったわ。デルメル様にはちゃんと、ヘニルをあまりこき使わないようにって言っておくから」
「えぇっ」
「あんたも不摂生はやめるのよ。夜更かししすぎないこと。分かった?」
そう言ってセーリスは彼の耳元から離れる。
まさかあの出来事を全部魔術のせいと片付け始めたセーリスに、ヘニルは頭が真っ白になる。それは都合が良すぎるのでは、と思うも、確かにラズマの魔術がずば抜けているのは間違いない。あんな本物の猫の部位と習性を組み込んだ手腕は並大抵のものではないはずだ。
「(いや俺には魔術効かないんですけど……!?)」
「ついでにこれ。お酒に使ったりせず、非常用として取っておきなさい」
ぽんと手に置かれたのはそれなりの量の金が入った小袋だ。そしてセーリスの思考が既に読めてしまったヘニルには、これが何の用途として渡されたのかが分かってしまう。
「姫様、その……」
「言っておくけど、私一人じゃ到底無理。カーランド様ができれば定期的に実験を行いたいって言ってくれてるし、その度に報酬はあげられるけど、それ以上はちゃんとした場所で発散しておいて」
「う……」
血の気が引いていくのさえ感じてしまう。芸術的な鈍感さと言ったが、ここまでくると悪魔的だった。
「(回数なんて我慢しますよ、それでもあんただけがいいって言ってるのに……!)」
「それじゃあ、次の実験の日にちが決まったら伝えにくるから。まぁ、他に何か困ったことがあったら、いつでも来なさい」
ぽかんと立ち尽くしていると、セーリスが手を伸ばす。少しだけ背伸びをして、優しく彼の頭を撫でてやる。
「じゃあね、ヘニル」
頭に触れていた手を取って、少しだけ自分の頬に触れさせる。一度だけ掌にキスをして、彼女の手を離した。
小さく手を振って去っていくセーリスの姿を見送って、ヘニルは重々しくため息をつく。
あれでもダメかと、そう頭を抱えてしまう。本当に、はっきりと告白でもしない限りあの鈍感王女が自分の想いに気付くことなどあり得ないような気がしてきた。
「はぁ……」
「どうした、最近は妙に機嫌が良かったのに、一気にどん底に落ちたような顔をして」
恐らく心配はしているわけではなく、単純に興味本位で発せられたカアスの言葉に、ヘニルはセーリスから渡された娼館用の金を見つめながら言う。
「俺、この金で猫飼うわ……名前は姫様にする……」
「ふむ、お前が何を言ってるのか分からんが兵舎は動物を飼うことを禁じられている。あと猫に愛しの姫と呼びかけるお前を見たら笑い死ぬ自信がある、やめてくれ」
「お前マジ殺したいわ」
再度大きくため息をつき、ヘニルは空を見上げた。
もはや次はどうやってセーリスにアピールしようなどと、そんなことを考えられる気分ではなかった。
06 魔術研究の実験体になる代 了
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる