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06-02 立ち合い
しおりを挟む王宮魔術師といっても、カーランド以外の人間とはほとんど親交が無かった。それが、セーリスが研究の立ち会いを嫌がった理由だった。
「その、申し訳ないのですが、私も立ち会っても構わないでしょうか……?」
そもそも大して魔術の知識があるわけでもないというのにその場にいるのは、どこか肩身が狭い。物見遊山に来た馬鹿な王女だと思われないかと不安になり、彼女は眉を下げる。
案の定、そう告げた際のカーランドは驚いているようだった。そんな顔を見れば、やはり我儘に聞こえてしまったかと俯いてしまいそうになる。
が、後ろにぴったりと立っていたヘニルはセーリスの肩に手を置くと、カーランドに向けていつもの薄ら笑いを浮かべる。
「すいませんねぇ、魔術師サマ、俺は姫様以外の言うことは聞けないタチでして」
「こら、何言ってるのよ」
「事実じゃないですか。さぁ、もっと堂々としてください」
反抗しようとヘニルの手を押し返そうとするが当然の如く力では勝てない。その様をニコニコと見ているあたり、ヘニルは非力な彼女の姿を楽しんでいる。
「はっはっは」
唐突にカーランドの笑い声が聞こえてセーリスは視線を戻した。
「いえいえ、申し訳ありません。ずいぶんと仲がよろしいようで」
「そっそんなんじゃありません……!」
「えー、仲良しですよねぇ、姫様♥」
「黙ってなさい」
そんなやり取りもカーランドは微笑ましそうな眼差しを向けてくる。何か勘違いされていそうでセーリスは顔を青くする。
「お立ち会いとのことですが、私としても是非、姫様にご参加頂きたいですな」
「ほーらー、な! じーさん嫌がってなんて無いって、姫様はほんと心配性だなぁ」
「ちょっと、失礼でしょ……! あと変なこと言わないで!」
人前だろうと自由気ままな振る舞いを正さないヘニルに彼女は頭を抱える。彼のこういう奔放さには困らされるばかりだ。
「(まぁでも、ヘニルが居るから多少は気も楽……かもしれない)」
ただ血の気の多そうなヘニルをコントロールするのは難しいだろう。そんな事態にならないことを祈るばかりだ。
実験は地下工房で最も広い空間のある最下層で行うらしい。既に他の魔術師も待機していると言う。その道中でセーリスはカーランドに実験について問いかけた。
「それで、魔術耐性を調べる、といってもどうやって……?」
「単純な話でございます。階級の違う魔術をぶつけさせていただくのです」
「(すごい単純だったー……)」
頭の中にヘニルに向かって魔術が放たれるイメージをすれば、多少痛そうだ。そういえば超人と呼ばれる神族だがその能力の規格というものは如何程なのか。
「ヘニル、大丈夫……?」
事前に何をするかきちんと聞かなかった自分の落ち度だと、そう思いヘニルに聞けば、彼は首を傾げる。しかし数拍置いて問いかけの意味に気付いたのか、彼は何故か嬉しそうに笑う。
「魔術を喰らったことは無いですが、多分大丈夫ですよぉ」
「多分って何よ」
「姫様はほんと心配性だ、このヘニルくんが魔術なんか怖がるわけないでしょ~?」
魔術なんかとは何だと突っ込む前にカーランドが口を開く。
「カアス様程の神族で人の到達できる最高級の魔術でようやく、というレベルですから、ヘニル様には私どもの魔術はほとんど効かぬでしょう」
「そういやカアスってアイツ何世代くらいなの?」
「確か四、五世代だったかと」
「ふーん。んー? じゃあ何で実験すんだ?」
効かないことは分かっているのだろうと、そうヘニルは言う。最もな疑問だと思いセーリスもカーランドへと視線を向ける。
「無駄ではございませんよ。術者には魔術耐性によって壊された感触が分かりますから、自分の術の脆弱性に気付きやすくなります。また世代の違う神族の耐性を計測し比較すれば、謎の多い“魔術耐性”というものの構造も分かりましょう」
「ふむ、なるほど」
「それに、二世代目の神族は非常に希少でございます。これはデルメル様のお言葉ですが、一度人と交わった神族は長命では居られず、すぐにまた世代を経てしまう、と」
いまいちピンと来ないカーランドの言葉にセーリスは首を傾げる。カーランドの方はちらりと優しい目で沈黙するヘニルの方を伺い、その後セーリスへと視線を下ろす。
「姫様が思う以上に、人と共に生きる神族の苦悩は大きい、ということですよ。そういう意味では、人の世を避け生きたヘニル様のお父上は、とても聡明な方だったのでしょうな」
「いやいやじーさん、アレはもう化石よ? 賢いとかそういうんじゃないって」
妙に明るいその声を聞き、セーリスは後ろにいるヘニルを見遣った。
彼はいつもの薄ら笑いを浮かべていて、振り返ってきたセーリスに小首を傾げる。
「てかさぁ、じーさんもいい歳っぽそうなのにまだコキ使われて大変だなぁ。デルメルの奴、長く生きすぎて感覚狂ってんじゃねぇの?」
「いい加減にその無礼な口調をやめなさい、ヘニル。カーランド様は王宮で一番の魔術師なのよ。あとデルメル様への悪口はやめて」
別に喧嘩売ってるわけじゃないんだしいいでしょ~、と言うヘニルとそれに食ってかかるセーリスを微笑ましそうにカーランドは見つめる。
「構いませんよ姫様。私など、王宮魔術師の中では一番の怠け者でしょう」
「いえいえそんな……!」
「それにこの技術は本来」
その話の途中で三人は最下層に辿り着く。大きく開かれている扉から、地下とは思えない明るさの室内が窺える。
そこに居るのは思ったよりも少なく、十人ほどの魔術師たちだ。熟練者を集めているからか年齢層は高い、がセーリスと同い年くらいの少年と少女が二人居た。
三人が到着するなり、魔術師の何人かは不安そうな視線をセーリスに向ける。それを敏感に感じ取ったセーリスは迷惑だと思われたのだと、そう顔を青くした。
「本日はセーリス姫もお立ち会いくださります」
「よろ、しくおねがい、します……邪魔はしませんので」
「それでこちらが……」
そうカーランドが紹介する前にヘニルはセーリスの背後から前へと出てくる。その苛立ちを露わにした横顔を見たセーリスは一瞬硬直した。
「何か文句でも言いたげなツラだな、言ってみろよもやし野郎共」
魔術師たちの視線が気に障ったのか喧嘩腰で圧を放つ。それに当然彼らは表情を曇らせ、中には萎縮してしまいそうな者も居る。
「ひ、姫様」
「こら! ヘニル!!」
カーランドが注意を促してくれと言うよりも先にセーリスは声を上げる。それにぴたりとヘニルは足をとめ、セーリスの方を向く。
「怖がらせるようなことしないで、約束したでしょう。何があっても大人しくなさい、命令です」
命令、との文言にヘニルはにこりと笑う。
「姫様の仰せのままに」
こんなことなら最初から注意しておけば良かったと、そうセーリスは後悔する。
恐らく以前ヘニルが起こした問題は王宮内ではよく知られているだろう。今まで品行方正な神族しか知らない王国民にとっては、恐怖を抱かれても仕方ない来歴となってしまったはずだ。
「それでは始めましょう。ヘニル様はこちらへ」
「はいよー」
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