鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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06-01 実験の誘い

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 カーランドという老人は最年長の王宮魔術師であり、かつてセーリスとその姉であるレクサンナに基礎的な魔術の知識を与えてくれた人物だった。しかしそこでもセーリスと姉の差は明らかなものとなっていた。

 魔術の修練は研究と実践の繰り返しだ。故に研究者としての素養が必要で、姉はそれにも長けていた。残念ながらセーリスの思考力は平凡そのもの、適性は無いに等しかった。

 しかしどんな天才であっても神が振るったとされる創世の奇跡、魔法の域に到達することは不可能とされる。その劣化品である魔術のみが、今この世に伝わっているのだ。


「箱庭世界に閉じこもってしまわれたメディオクリタスが、今生で唯一魔法を振るう者と呼べるでしょう」


 優しく、世界への好奇心に満ちた声でその翁は語った。いつしか、姉と共に魔術を学ぶことはなくなり、ただカーランドの語る言葉を聞きに、セーリスは王城地下の工房を訪れるようになった。
 幼少の頃から付き合いのあるカーランドは、彼女にとって信頼のおける数少ない存在だった。祖父のようなものだったのだろう。故に、たまに彼に誘われて手伝いも仕事として行うことがあった。


「カーランド様はメディオクリタスの話がお好きですよね」


 その日も彼の手伝いに来ていて、何度目かの御伽話を聞かされていた。

 否、箱庭世界は実在する。それは位置的にはカムラ帝国の西端の空に浮かぶ小さな大陸だ。かつては地続きだったが、メディオクリタスによって空へと持ち上げられたという。正に創世の力、それこそが魔法だ。


「私も創世の魔法というものは見たことがありませぬから……魔術師の憧れでございます」
「本当に、人の身では魔法を扱えないのですか?」


 素朴な疑問を口にした。それに彼は優しい表情で頷く。


「手段が無いわけではありませんが、王国では禁じられた術でございます。……そういえば姫様、王国に新しく加わった神族と仲がよろしいとか」
「え、まぁ、話は、できますけれど」
「長らく王国では魔術の発展に、魔術に高い耐性を持つ神族の協力は不可欠でした。恐れ多くもデルメル様、カアス様にも何度かご協力頂いたのですが……二世代目の神族の耐性が如何程のものか、興味がございます」


 不穏な話の流れにセーリスは苦笑を浮かべる。


「デルメル様のような原初の神族ともなれば、魔法にさえも耐性を持つとされています。カアス様でも協力としては十分なのですが、よろしければそのお方に研究に協力頂けないかお願いしてみてくれませんかな?」


 研究への協力。全くどんなことをするのか見当もつかないが、セーリスが頼めばヘニルは断らないだろう。
 ただし、間違いなくその代価を要求してくるはずだ。それが何なのか、セーリスはよく知っている。

 だがカーランドの頼みであれば断れない。本当に彼には、辛い時に何度も楽しい話を聞かせてくれて、心を癒してくれたものだ。


「ええ、カーランド様の頼みとあれば、ヘニルに頼んでみましょう」
「助かります姫様」


 にこやかに感謝されても内心複雑なセーリスは小さく息をつく。
 あと、何かすごく嫌な予感がしたのだ。







 先日会いに来るのを控えるように言ったため、ヘニルに会うためには軍施設の近くに行かなければならなかった。しかし、不思議と以前よりも知らない人のいる場所を酷く恐れることもなく、彼女はヘニルが第六感を働かせてくれることを願って訓練場の側の物陰から辺りを見渡した。


「ひーめさま、何か俺に御用ですか?」
「ひっ」


 唐突に背後から聞こえてきた声にセーリスは肩を震わせる。


「あんた気配無さすぎでしょ……!」
「これでもガキの頃は野生動物を狩ってましたから。どんな猟師よりも腕が立つと自認してますよ」
「私は獲物じゃないのよ」
「姫様はぁ……美味しそうな兎か、……やっぱ可愛らしい猫がいいですね!」
「聞いてないから」


 そもそも兎は食べる方かと、そう彼女はツッコミを入れたくなる。


「それで、何かご用命ですか?」
「そう……あんたに魔術研究を手伝って欲しいそうよ」
「はぁ、俺に?」


 いまいちどういうものか想像できないのかヘニルはぽかんとしている。きっともっと可愛らしい頼み事だとでも思っていたのだろう。


「あんたの魔術耐性を調べたいんだって」
「なるほど。そういや神族には魔術が効かないらしいですねぇ」


 うんうんと頷きながらヘニルは彼女に顔を近づけるようにかがみ込む。


「もちろん、タダじゃないですよね?」
「いくらほしいの」
「金は別にいらないです。いつものでお願いしますよ。あぁ! 研究協力は一回だけですかね、何回かするならその度にお駄賃が欲しいです」


 案の定の要求にセーリスはため息をつく。相変わらずこの男の頭の中はこればかりかと、そう思うのだ。


「いいわ、いつも通りに」
「さっすが姫様! それじゃあ今夜早速向かいますね」
「……その、前払いはやめない? 今回はいつもの命令とは違うんだから」


 そもそも未だにどんな手伝いなのかも想像できない。意外と簡単なものかもしれないし、逆になかなか過酷かもしれない。そうなれば差し出す数もある程度想像がつくだろう。


「構いませんよ。そんじゃあ、終わったその日の夜にお願いします」
「はいはい。当日一緒に工房までは行ってあげるけど立ち会いはしないから、迷惑かけちゃダメだからね」
「えー! 姫様も来るんじゃないんですかー?」


 すぐに嫌そうな顔をするヘニルに彼女は眉を寄せる。


「私は部外者だもの」
「そんなこと言わないで、見守っててくださいよ~」
「わ」


 がばっと抱きついてくるヘニルに驚き、セーリスは肩を震わせる。相変わらず馴れ馴れしい男だと、そう思いながら引き離すように手で押し退けようとするがびくともしない。


「飼い犬を見ず知らずの他人に任せる飼い主がいますか!」
「見ず知らずじゃないわ。カーランド様は私の魔術の先生よ」
「でも俺にとっては知らない相手じゃないですか、ご主人様に騙されたぁ捨てられたーとか思いますよ!?」
「うるさい犬ね」


 というか自分を犬と形容することに微塵も戸惑わないヘニルに驚く。


「やだやだ姫様と一緒がいいー!」
「二十歳過ぎた大人が駄々こねないで」
「神族の中じゃ二十歳なんて超子供ですー、赤ちゃんレベルですー」


 セーリスの首筋に顔を埋め、ヘニルはそんなことを言う。
 まぁ、デルメルが数千歳近く、カアスも何百歳ならヘニルは赤子レベルだろう。


「姫様がいないならやりません。どんなにお駄賃もらってもやりませんー!」
「無駄に頑固ね……はぁ」


 こうしてねだられるままセーリスも研究に立ち会うことになってしまった。


 重ねて言うが、後々になってここで絶対に断っておくべきだったと、そう後悔したのだった。
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