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05-11 慰め(三)**

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「ありがとね……貴方に愛されるのは、本音を言うと、とっても気持ちいいの」
「っ……!」
「ずっと、こうしてたいって……」
「なら、なんでもっと、誘ってくれないんですか……っ」


 自分だってそれは同じだと、そう言いたくてヘニルは必死にそう縋った。
 しかし。セーリスは彼の言葉に首を傾げる。


「? なんで私がヘニルを誘うの?」
「えぇ……」


 もしかしたらセーリスは性的欲求というものを上手く認識できていないのかもしれない。というかこの様子だと、行為中に口にした彼の渾身のアプローチは、全部自分を慰めるための演技だと思っているに違いない。


「え、だって姫様、つまりもっと俺とえっちしたいってことですよね?」
「……? 違うけど」
「(なんで!?)」


 理解の及ばない彼女の思考回路にただただ混乱する。鈍感というレベルを超えているのではなかろうか、そうヘニルは思った。


「(自分に自信が無いから、好かれることなんてあり得ないとか、人を求めるなんておこがましいとか、そんなところか……)」
「寂しい女の子は悪い男に捕まるってデルメル様が言ってたけど、その子たちの気持ちが分かるわ」


 繋いでいたヘニルの手を自分の頬に寄せ、セーリスはそっと目を閉じた。


「こんなに熱く自分を求められたら、きっと夢中になってしまう」
「(じゃあ何で姫様は俺に夢中にならないんですかねぇ!?)」


 そう口に出したいのを必死に堪える。絶対にセーリスなら、“は? そんなの当然でしょ”とか言い出しかねない。言われたら死んでしまう。


「俺は悪い男じゃないですぅ!」
「え?」


 セーリスは眉を下げて可哀想なものを見るような目でヘニルを見つめてくる。


「何ですかその自覚が無いのねみたいな顔……! 姫様の鈍感! ニブチン!」
「また、私のこと馬鹿にして……! ひゃんっ!」
「もおっと慰めてさしあげますよ姫様、二回だけじゃ欲求不満でしょう」
「む、むり、もう十分……っん、あっ」
「お望みどおり“悪い男”らしくしつこくしてあげますよ、可哀想なお姫様が俺に依存するようにね!」


 精液と愛液でずくずくになった膣内をまた掻き回し始める。涙目になって喘ぐセーリスを強く抱きしめて、決して逃さないように溺れるほどの快楽を与え続ける。


「(クッソ、これも悪い男に引っかからないようにって姫様を洗脳したデルメルのせいだ……!)」


 あながち彼の陰謀論も間違っていなかった。デルメルの洗練された教育法は、決して王国の姫が悪い男を引っ掛けないよう、徹底的に依存しやすい素養を潰すのだ。セーリスも、決して寂しいや哀しいという感情で男に深入りすることのない、健全すぎる精神を持っていたのだ。

 セーリスが自分に靡かないのは、致命的なまでの鈍さと自信の無さだけではなかったこと、それを知ったそんな日だった。



 ◆



「この……汚らわしい害虫め……!」


 軽い衝撃を頭に受け、ヘニルは眠りから覚める。薄らと目を開ければ室内は明るくなっており、朝が訪れたことを知る。

 そして目の前には怒りに震えるサーシィが立っていた。


「んぁ……ああ、姫様の侍女さん、おはよーございまー……」
「下郎……! さっさと出て行きなさい……!!」


 いまいち状況の飲み込めないヘニルは身動ぎをする。そこで腕の中に居る温もりに気付き、彼は驚いた。自分と向かい合うように密着して抱き合って眠っているセーリスがいる。情事の後のそのまま、二人は全裸だった。


「あぁ、また姫様の部屋で寝ちまったのか……ん、昨夜はかなりシたからなぁ」
「は、……」


 ちゅ、と音を立て、サーシィの怒声にも起きずに眠っているセーリスの頭にキスを落とす。かなり密着して眠っていたがもっと身体を寄せて、愛おしそうにその髪を撫でる。


「姫様は今日はお休みにしといてくれ」
「何を勝手なことを」
「失恋して、傷心中なんだよ。昨日、未練のあった男と決別したんだってさぁ……それで俺に慰めてくれって、そう言ってきたんだぜ?」


 それだけでサーシィは誰と何があったのかを理解し、口ごもる。


「……姫様の分の朝食は置いておきます。ですが貴方のことは知りませんから」
「どうも~」
「あと汚れた寝具はベッドの下に。……姫様を誑かすのはこれっきりになさい」
「相変わらず手厳しい。……んぁ、姫様と繋がったままだったわ、早朝までシてたのか……」
「!?」
「はぁ……今日はずっとゴロゴロして過ごそうな、姫様……」


 彼女に包まれたままの男根が硬く熱くなり、それを少しだけ揺さぶり、彼も再び目を閉じる。

 サーシィが去った後、二度寝を決めたヘニルは再び目が覚めた際に、無意識に寝惚けたセーリスを抱いてしまった。それはもう、彼女への溢れる想いのままに。
 再度艶かしく縺れあい混ざり合った二人の意識が完全に覚醒したのは、実におやつ時の昼間だったという。



05 頻繁に会いに来ない代 了
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