鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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05-03 女傑カアス

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 訓練場は周囲に背の高い建物が無く開けている。それもあって、神族の視力であればそこから王城の窓を通り過ぎる人影さえ見ることができる。

 その日もヘニルはぼーっと王城を見つめていた。

 訓練は死ぬほどつまらない。そもそも、真面目に訓練をするとセーリスには言ったが、神族であるヘニルが本気で訓練しようものなら訓練場は使い物にならなくなってしまう。それに王国軍にも僅かに反感を抱いていた彼は、自分の力を全て見せることを拒否し続けてきた。


「(あ、姫様)」


 彼が王城を見つめていたのは、厳密にはデルメルの執務室の窓なのだが、そこにはよくセーリスの姿が見えるためだ。訓練などというものをするよりも、まだ遠く離れたセーリスを眺めていた方がずっとマシなのだ。


「(姫様、王城の奥から出て来ねえから遭遇すんのが大変なんだよなぁ……でも、人の目が怖い、だったか。そりゃ仕方ない)」


 セーリスの境遇には怒りを覚えるばかりだった。

 セーリスもさっさと王国なんぞに見切りをつけて出ていけばいいのに、寧ろ自分が外へ連れてってやるというのにと、そう思うこともある。

 けれど彼女の好きなところの一つは、王族としての気高さ、それに対する真面目すぎる姿勢だった。周囲から不要とみなされながらもそれに抗おうとする姿が、ヘニルは大好きなのだ。


「(だから攫ってもなぁ、って感じなんだよなぁ。それに、王国を出ても……)」


 窓から見えるセーリスがくすくすと笑っている。それを見たヘニルは薄暗い考えなどどこかへ吹き飛んで、じっとその横顔を見つめた。


「はー……あんな顔、俺の前じゃ見せてくれねぇ」
「またセーリス姫を見ているのか」


 背後から聞こえてきた声にヘニルは眉を寄せる。嫌々振り向けば、そこに立っていたのは女傑カアスだ。
 カアスのことは父親からも聞いていない。だが、王国の無敵の盾と称される神族で、神族がたった二人しかいない王国の戦線をずっと維持している優秀な戦士である、ということは知っていた。

 だが正直、彼としてはデルメル以上に苦手そうな手合いだった。
 その赤い目に、いつも獰猛な色が見えているからだ。


「てめぇにゃ関係ねーだろ」
「ふむ……」


 以前はヘニルを監視するように、声をかけるでも無くじっとこちらを見てくるだけだったのだが、どういう風の吹き回しだというのか。


「お前はセーリス姫に惚れているんだったな」
「だから何だよ」


 カアスの思考は読めない。他の兵士との交流もかなり少ないため、彼女自身は人間に特別思い入れは無いのだろう。もしくは、兵士の方が避けているのか。


「大した美人でも無し、姫のどこが好きなんだ?」
「…………、は?」


 一気に血が頭に上る心地だった。


「てめぇ、もっぺん言ってみろ、ぶっ殺す」
「なぜ怒る。事実だろう」
「殺す……!」


 訓練用の木剣を振り下ろせば、しかし微動だにしないカアスの首にぶつかりばきりと折れる。この程度では打撲にすらならないだろう。


「……面白い、殺し合うか」
「望むところだデカ女。その減らず口ごとたた……」


 そこでヘニルは停止する。

 そういえばセーリスとの約束で、陰口に反撃せず無視しろと言われていたのを思い出す。そしてここでカアスと喧嘩でもしようものなら、再度デルメルの不興を買うだろう。


「どうした?」
「(いや、でもあの時の約束は人間に対してって話だから、別にカアスなら殴ってもいいんじゃないか……?)」


 固まったまま動かないヘニルを見てカアスは首を傾げる。


「(それにカアスをぶちのめせれば、姫様に俺がどれくらい強いか証明できる……、そうすれば)」


 ヘニルは思い浮かべる。カアスをぶちのめした自分を見て、セーリスがどんな反応をするのか。

 “ヘニルったら、本当に強いのね、かっこいいわ……”

 頬を赤く染めて、潤んだ瞳で見つめられて、彼女の方から抱いてくれと懇願してくるのでは。


「よし、殺る」
「ふ、かかってこい」


 一転してやる気を見せるヘニルにカアスも構える。その様を見てヘニルは思った。


「(あ、こいつ典型的な戦闘狂いだわ)」


 唐突に殴り合いを始めた神族二人に、周囲の兵士は困ったような顔をする。宮宰を呼んでくるしかないと、そう誰かが言い出す声があった。

 その後カアスをぶちのめす前にデルメルが到着し、スリングを鞭のように扱った彼女にボコボコにされたのは言うまでもない。そして幸か不幸か、ヘニルがカアスと喧嘩したことは、たまたまセーリスが休憩中だったため彼女が知ることは無かった。

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