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04-05 深い心の傷
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「……ま、姫様、大丈夫ですか……!?」
目を開けばそこには見慣れた乳白色の髪の男がいた。心配したような顔で、セーリスを覗き込んでいる。
「お腹痛いんですか? 足挫いたとか……お部屋まで運びますよ!」
「へに、る……」
「はい、姫様の騎士、ヘニルくん参上ですよ」
そう言って蹲ったセーリスを抱き上げようと手を伸ばしたところで、彼女は鼻をつくその臭いに眉を寄せた。
「うぅ、お酒臭い……!」
「う“っ、す、すいませぇん、久しぶりに浴びるほど飲んだんで、……臭いですかそうですか……」
カッコつかねぇな、と苦笑を浮かべヘニルは手を差し出す。その手を取って、セーリスは立ち上がる。不思議と幻聴も、足の震えも止まっていた。
「臭いのは申し訳ないんですが、お部屋まで行きましょう。お医者様に診てもらわないと」
「……平気、身体が悪いわけじゃないの」
どういうことかとヘニルは首を傾げる。視線を地面に落としながら、セーリスは一瞬躊躇うも、彼に疑いをかけた自分がどれほど矮小な人間であるかを伝えるべきだと、そう思い口を開いた。
「私は、知らない人の視線が怖いの。こういう場所に、それに今は服もそのままだから、……誰かが私のこと悪く言っているような気がして、幻聴なんだけれど、でも怖くて、動けなくなってしまうの。……情けない、そう分かっていても、もう王城内でもそんな感じなのよ」
「そうだったんですか……」
ヘニルの顔が見れず、セーリスは涙を滲ませる。自分の不出来さを自分から晒すのはこんなに辛いのかと、そう思って泣きそうだった。
「……、そんなの姫様のせいじゃありません。元はといえば、姫様を馬鹿にした奴らが悪いんじゃないですか」
「でも、ほんとに私は、何もできないの、お姉様みたいには……」
「姫様」
大きな彼の手が肩に触れる。視線を上げれば、目の前の男は優しく笑っていた。
「できないことがあるのは当然です。俺だって、人に好かれるのはとことん出来ないタチでして。そりゃあ、偶になんでもできる奴がいて、そんなの見せられたら馬鹿らしくなりますけど」
けれど、と彼は続ける。
「姫様は十分立派な方です。足が震えるくらい、幻聴が聞こえるくらい辛い思いをしてきたのに、姫様はそれでも自分を変えようとがんばってます。何せ、国のためっていって俺を引っ張ってくるくらいですから、そんなこと、オネーサマだってできませんよ」
「お姉様には、できない……?」
「はい! 俺は”姫様だから“、王国軍に加わったんですよ? どんなに胸がでかい美人連れて来られようと、ここまで忠義は尽くしません。我が主人は生涯姫様ただ一人だけですとも」
なぜそこまで自分の肩を持つのか。そうセーリスが問いかける前に、ヘニルは言う。
「親父が言ってました。何事も経験通りにしか成長しない、って。俺は、姫様は本当はもっとできることたくさんあったと思うんです。でも、出来ないと言われ続ける内に、本当にできなくなってしまった、それだけなんです。だから、いつか絶対に変われます、大丈夫です!」
にっこりと笑い、ヘニルはセーリスの肩をぽんぽんと叩く。
「っていうか、姫様を美人じゃないとか言った奴マジで殺したいです。目ん玉くり抜いて頭ん中によく風が通るように貫通させてやりたいです」
などと物騒なことを言うヘニルを他所に、セーリスは昔のことを思い出す。その懐かしく甘やかな胸の痛みに、彼女は小さく微笑んだ。
「前も、ヘニルと同じことを言った人が居たわ。不思議ね、そう言ってくれる人は、あの人だけじゃなかったんだ」
「えぇっ、あの超渾身の決め台詞が二番煎じ!? うわー、言うんじゃなかったー」
「何よ、せっかく人が感心してるってのに」
そこで彼女は自分が何の為にここまで来たのかを思い出す。決してヘニルに慰めてもらう為ではなかったのだ。
目を開けばそこには見慣れた乳白色の髪の男がいた。心配したような顔で、セーリスを覗き込んでいる。
「お腹痛いんですか? 足挫いたとか……お部屋まで運びますよ!」
「へに、る……」
「はい、姫様の騎士、ヘニルくん参上ですよ」
そう言って蹲ったセーリスを抱き上げようと手を伸ばしたところで、彼女は鼻をつくその臭いに眉を寄せた。
「うぅ、お酒臭い……!」
「う“っ、す、すいませぇん、久しぶりに浴びるほど飲んだんで、……臭いですかそうですか……」
カッコつかねぇな、と苦笑を浮かべヘニルは手を差し出す。その手を取って、セーリスは立ち上がる。不思議と幻聴も、足の震えも止まっていた。
「臭いのは申し訳ないんですが、お部屋まで行きましょう。お医者様に診てもらわないと」
「……平気、身体が悪いわけじゃないの」
どういうことかとヘニルは首を傾げる。視線を地面に落としながら、セーリスは一瞬躊躇うも、彼に疑いをかけた自分がどれほど矮小な人間であるかを伝えるべきだと、そう思い口を開いた。
「私は、知らない人の視線が怖いの。こういう場所に、それに今は服もそのままだから、……誰かが私のこと悪く言っているような気がして、幻聴なんだけれど、でも怖くて、動けなくなってしまうの。……情けない、そう分かっていても、もう王城内でもそんな感じなのよ」
「そうだったんですか……」
ヘニルの顔が見れず、セーリスは涙を滲ませる。自分の不出来さを自分から晒すのはこんなに辛いのかと、そう思って泣きそうだった。
「……、そんなの姫様のせいじゃありません。元はといえば、姫様を馬鹿にした奴らが悪いんじゃないですか」
「でも、ほんとに私は、何もできないの、お姉様みたいには……」
「姫様」
大きな彼の手が肩に触れる。視線を上げれば、目の前の男は優しく笑っていた。
「できないことがあるのは当然です。俺だって、人に好かれるのはとことん出来ないタチでして。そりゃあ、偶になんでもできる奴がいて、そんなの見せられたら馬鹿らしくなりますけど」
けれど、と彼は続ける。
「姫様は十分立派な方です。足が震えるくらい、幻聴が聞こえるくらい辛い思いをしてきたのに、姫様はそれでも自分を変えようとがんばってます。何せ、国のためっていって俺を引っ張ってくるくらいですから、そんなこと、オネーサマだってできませんよ」
「お姉様には、できない……?」
「はい! 俺は”姫様だから“、王国軍に加わったんですよ? どんなに胸がでかい美人連れて来られようと、ここまで忠義は尽くしません。我が主人は生涯姫様ただ一人だけですとも」
なぜそこまで自分の肩を持つのか。そうセーリスが問いかける前に、ヘニルは言う。
「親父が言ってました。何事も経験通りにしか成長しない、って。俺は、姫様は本当はもっとできることたくさんあったと思うんです。でも、出来ないと言われ続ける内に、本当にできなくなってしまった、それだけなんです。だから、いつか絶対に変われます、大丈夫です!」
にっこりと笑い、ヘニルはセーリスの肩をぽんぽんと叩く。
「っていうか、姫様を美人じゃないとか言った奴マジで殺したいです。目ん玉くり抜いて頭ん中によく風が通るように貫通させてやりたいです」
などと物騒なことを言うヘニルを他所に、セーリスは昔のことを思い出す。その懐かしく甘やかな胸の痛みに、彼女は小さく微笑んだ。
「前も、ヘニルと同じことを言った人が居たわ。不思議ね、そう言ってくれる人は、あの人だけじゃなかったんだ」
「えぇっ、あの超渾身の決め台詞が二番煎じ!? うわー、言うんじゃなかったー」
「何よ、せっかく人が感心してるってのに」
そこで彼女は自分が何の為にここまで来たのかを思い出す。決してヘニルに慰めてもらう為ではなかったのだ。
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