鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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04-03 不在の証明*

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「姫様?」
「こうやってさも当然の如く二回とか三回とかするけど、身の潔白を証明するのは、それほど私を抱かなければならないほど大変なの?」


 それにヘニルは困ったような顔をする。


「えー、でもヤるのは気持ちいいじゃないですか、別に何回したってイイもんでしょ?」


 減るものでもなし、と曰う彼にセーリスは眉根を寄せる。今まではそんなつもりで、ただ気持ちいいから自分を好きなように抱いていたのだと思えば、怒りのようなものがふつふつと湧き上がってくる。


「これはあんたへの命令に対する代償よ、お遊びでしてるわけじゃないの。命令以上のものを払う気は無いわ」
「…………」


 面食らったようにヘニルは沈黙する。少しだけセーリスから視線を逸らし髪を触る仕草をすると、ゆっくりとその顔に笑みを貼り付ける。


「ええ、姫様がそう言うのなら、従いましょう」
「それで、どうなの」


 言いながらも、この約束事に意味は無いと思った。

 命令遵守の労力など、セーリスには分からない。ヘニルがそれくらい必要だと言えば、彼女はそれを差し出す他無いのだ。
 値段の決定権は彼にある。そう思い知っては目を伏せる。

 けれど彼はゆっくりと身体を起こすと大きく息をついた。


「身の潔白を証明しろ……そういう命令ですよね。はっきり言いますけど、それは無理です」
「……、え」


 驚いたような顔をするセーリスに、ヘニルは困ったような笑みを浮かべる。


「な、なんで、じゃあさっきのは何だったの!?」
「すいません、身の潔白だなんて言い出す姫様が健気でつい」
「騙したわね……!」


 そう睨みつければヘニルは慌てたようにセーリスに言う。


「まぁまぁ、その代わり、姫様の詰問に何でも答えましょう。生年月日から俺のスリーサイズまでいかようにも」


 戯けるようにヘニルは言って、ちり紙に手を伸ばす。まだ元気に勃ち上がっているそれを拭って、同じようにセーリスの股座も丁寧に拭き取ってやる。


「なぜ証明できないの、理由を述べなさい」
「……そもそもですね姫様、無いものを証明することなんてできませんよ」


 何を言っているんだこいつは、という視線を向けてくるセーリスに彼は続ける。


「例えば、カムラと繋がっていない証拠を出せ、って言われて出せますか? 繋がっている証拠だったら、そりゃあ密書とか証言者とか居れば可能ですけど……まさか、カムラがわざわざ“こいつはウチと繋がってませんよ”なんて証明書、だしてくれるわけないですよね?」
「う、た、確かに……」
「そしてもっと言えば、俺は完全に一人で王国まで来ました。その間、俺が誰と会って誰と話したかなんて、それを証明してくれる人物を探すのも大変だしほぼ不可能ですよ。だから、俺が信用できるかどうかなんて他の奴らには分からないわけです」


 ヘニルの言っていることは正しかった。

 スパイである証拠はあっても、スパイではない証拠は存在しない。身の潔白など、証明することはできないと、彼女もそう理解できてしまった。


「じゃ、じゃあ、私はあんたをただ信用するしかないってこと」
「軽く傷付く質問ですけど、その通りです。俺が姫様に提示できるのは、今まであんたとの約束を守ってきたという事実だけ。……ニブチンの姫様じゃあ、俺の腹の内も察せられないでしょうし」
「馬鹿にしてるの!?」


 それにヘニルは肩を竦める。そしてゆっくりとセーリスに顔を寄せると、彼女の手を取って自分の頬に触れさせる。


「口惜しいですよ、あんたに、ただ俺を信じろとしか言えないのは」
「……ヘニル」
「何度でも言います。俺は貴方の騎士だ、貴方の命令に決して逆らわない」


 彼女の手をゆっくりと自分の首へと触れさせ、小さく笑った。


「あんたが死ねと言うなら、俺は今すぐにでもこの首を切り落とせますよ」
「っ、そ、そんなこと言うわけないじゃない!」
「そうですよねぇ、まだ俺は姫様の期待に何一つ応えられて居ませんから」


 脱ぎ捨てられたセーリスの服を差し出し、同じように彼も服を着始める。どこか寂しさを感じさせるようなその横顔に、彼女は少しだけ罪悪感を覚える。


「早く戦場に行きたいです。そしたら、姫様にいかに俺が優秀かってところを見せつけられるのに」
「現状じゃ、あんたを戦いに連れて行くかも怪しいけどね……」
「そうですねぇ。やれやれ、やっぱり王国は一筋縄じゃいきませんね」


 意味深な言葉にセーリスは首を傾げる。けれどそそくさと退出の準備を整え、彼は逃げるようにベッドから降りる。


「それじゃあ姫様、おやすみなさい」


 いつもの笑みを浮かべ、ヘニルは部屋から出て行く。

 取り残されたセーリスは頭を抱え、ベッドへと倒れ込むのだった。
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