鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

文字の大きさ
上 下
18 / 120

03-03 酒場へ

しおりを挟む

 仕事を終えた後、セーリスはふらふらと王城内を歩き回り、ヘニルを探す。今日は既に朝声をかけられていたためもう兵舎に戻ってしまっただろうかと。そう思ったところで不意にその男は現れた。


「誰かお探しですか、姫様」
「! ヘニル、探したわよ」


 探していたのはお前だとそう言えば、ヘニルは一瞬真顔になると何故か嬉しそうに笑う。


「俺を探してたんですか、そうですか! 気が変わって遊びに行きたくなったんですか?」
「そんなわけ……」


 無い、と言いそうになってセーリスは口を噤む。もしかしたらここでいつものように素っ気なく否定して説教のようなものをすれば、流石のヘニルも臍を曲げるかもしれない。彼のサボり癖は今すぐに直さなければならず、矯正に失敗すれば明日デルメルが直々に出向いてくるのだ。

 そんなことになればヘニルがデッドエンドだ。


「……分かったわ、行きましょう」
「え、ほんとに」
「いいから行くわよ、今から、今から!」


 外に出るなら外套も用意して服も着替えなければ、と口にするセーリスを見て、ヘニルは口を噤む。その様子に気付いたセーリスがどうかしたかと問い掛ければ、彼は鈍く首を横に振った。


「なんでもないですよ。行きましょう、姫様」


 儚げに笑ってヘニルはセーリスの視線に合わせるように僅かに腰を折った。



 ……



 仕事終わりの外出、ということだったため、街に下りた時にはとっくに夜になっていた。今まで散々誘ってきたのだから行く宛はあるのだろうと、そう思いながらヘニルの後をついていけばそこはそれなりに高級そうな雰囲気の酒場だった。ちなみに彼を勧誘した酒場とは全然違う。


「遊びに行くって言って行く場所が酒場ぁ? あと私、お酒飲めないけど」
「じゃあ今日初チャレンジしましょう。酒はいいですよ」


 ヘニルから漂うろくでなしの印象が一層強くなる。はぁ、と大きくため息をつきながらも、これもヘニルをデルメルと衝突させないためと言い聞かせ、渋々と了承する。

 それなりの高所得者が利用するためか、きちんと壁と扉で遮られた個室がいくつかある。すれ違った一組の客に見目麗しい女性を連れた者がいるのを見て、セーリスは何かを察してしまう。


「(ほんと……この男は)」


 案の定店の奥側の個室に入り、ヘニルは適当に何かを頼む。その様をジトっとした目で見つめて、セーリスは再度ため息をついた。


「いやぁ、まさか姫様と酒が飲めるとは」
「ここでそう呼ぶのやめて」
「じゃあ何てお呼びしましょう。名前……もまずいですよね。じゃあ、お嬢様とか」
「別に名前でいいわ。珍しい名前でもないし」


 妙にテンションの高いヘニルに対してテンション低めのセーリスは言う。


「じゃあセーリス様?」
「様つけたらバレるでしょ」


 そうか、と彼が悩むように首を傾げたところでいくつか酒らしきものが持って来られる。それと一緒に軽食も。


「……まさかまた私にたかるつもり」
「いやいやまさか! ちゃんと俺が払いますよ、別に金が無いわけでも無し。安い酒は好きですが、あんたに飲ませるもんじゃないですから」
「私は別にお酒を飲みに来たわけじゃ……」
「ほら、これなんかいいと思いますよ」


 ぐいっと差し出されたグラスを仕方なく受け取る。すん、と匂いを嗅いでみれば、香ばしい果実を思わせる、美味しそうな匂いがする。少しだけ興味が惹かれて飲んでみれば、口の中にはまろやかな甘みが広がっていく。


「…………」
「美味しいですか? 好きなだけ飲んでいいんですよ、俺のおごりです」
「いや、さすがにそれは……」


 どう見ても高そうな割に大した量が入っている訳でもない。それにヘニルが何を狙っているのか分からない、そんな不安もあって断ろうとする、のだが。

 ヘニルという男は確かに曲者だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...