鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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02-01 宮宰デルメル

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 神族とは。

 この世界を作った創世の神、その手で作り出された命とされる。人間とは異なる種族だ。

 不老にしてほぼ不死身であり常人の何倍、何十倍という膂力を持ち、魔術に対する強い抵抗力を持つとされる。謂わば超人だ。そんな神族が国同士の戦争において重要な役目を持つのは当然のことだろう。

 更にもっと問題なのは、神族の力を継げる子孫は一人だけ。つまり、永久に神族の数は増えることなく、力を継承せずに命を落とせば一向に減るばかり。創世の折より何千年と経っているらしい今となっては、神族の数も数十人という数まで減少してしまっている。


「ウラノス……ずっと中立を保っていた原初の神族、か」


 女傑カアスはそう言った。彼女は宮宰デルメルの右腕で、王国に二人しかいない神族の一人だった。普通の男よりも高い背と逞しい身体、そして性格はまさに豪放磊落、この国でデルメルの次に高い戦闘能力を持つ人物だった。

 そんな彼女は隣にいる可愛らしい少女に視線を向ける。冷たく鋭い瞳でヘニルを見つめるのはその少女の方だ。
 ルシアル王国の小さき母、宮宰デルメル。王国で最強と呼ばれる原初の神族である。


「あいつ、遂に死んだのね」
「そんじゃあお前、“二世代目”か。こりゃ逸材だ、姉様」


 十代前半ほどの容姿のデルメルに向かって、カアスは姉と呼ぶ。だが既にこの王宮内でそれを疑問に思う者など居なかった。


「こいつの力が在れば軍の被害も抑えられる」


 強者を前にしたカアスはギラギラとその目を輝かせる。既に膝をついているヘニルを歓迎しているような彼女の反応に、柱の影から様子を伺うセーリスとサーシィは息をつく。

 しかし、対照的にデルメルは険しい表情のままだった。


「仕官の理由をもう一度聞かせて貰えるかしら。貴方が他国のスパイである可能性だって否定できないのだから」


 暗に敵ではないことを証明しろというデルメルの圧は凄まじい。

 そう、ヘニルの仕官に当たって最も障壁になりそうな人物、それがこの少女であった。
 デルメルは大の同族嫌いで有名であり、彼女が右腕として信頼を置いているカアスも、かつては命の奪い合いの末に屈服させたのだと言う。王国に神族が集まらないのも、デルメルが彼らに対して激しい嫌悪感を抱いているからだ。

 そのことを不満に思っている者は恐らく存在する。しかし、王国建国以前より生きる伝説の神族であるデルメルに大きく出られる者など居ないのだ。他国ではルシアル王国を、王は飾りでデルメルが全てを支配していると見なす者もいる。


「(ヘニルは確かに勧誘する際にもデルメル様を理由にして無理って言ってたし、でも仕官してきてくれたってことは何か考えがあるのよね……)」


 ヘニルは一時期正体不明の神族として戦場を暴れ回っていた謎の多い人物だ。他国とのつながりを怪しむのは当然だろう。
 思えばそんなこと疑いもしなかったなとセーリスは反省する。それでもいざとなれば自分がデルメルを説得せねばと覚悟を決めながら、彼の弁明に耳を傾けようとする。


「一つは親父が死んだこと」
「というと?」


 すかさずカアスが問いかける。それにヘニルは薄ら笑いを浮かべたまま答える。まずその表情が信用できなささを相手に植え付けるのだろうが。


「親父からは国に肩入れするのはやめろと言われた。あんなものに首突っ込んでも馬鹿らしくなるだけだって。だから今までは好き勝手暴れてたんだが……、俺は馬鹿だから、なぜ親父がそう言ったのか理由が知りたくなったんだ」
「なるほど、ウラノスの助言を身を以て確かめに来たと」
「そういうこと」
「では」


 冷え切ったデルメルの言葉が辺りに響く。彼女のそんな姿を知らないセーリスは思わず肩を竦めた。

 デルメルは普段とても温厚で慈悲深い人物だ。人間を心から愛し、導くことを己が使命とし、それに殉じている。自由に生きることを尊び、王が子の婚姻を決めることも、男系の王族を否定したのも彼女だった。
 王宮内で不要なものと見なされたセーリスを、唯一ずっと目をかけてくれている人物だ。母を知らぬセーリスにとって、デルメルは見目こそ自分より幼い少女だが、母親のような存在だった。


「ウラノスの言葉を理解できたのなら、出ていくということ?」
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