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01-06 彼女の生きる理由

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 あれから一週間が経った。

 逃げたならばどんな手を使ってでも追いかけるとそう宣ったセーリスだったが、いざ逃げられたと知った今となっては既に彼女に行動するという気力など無くなっていた。
 一人で勝手に焦って、いいように騙されて、身体まで差し出してしまったその徒労感と悲しさは、彼女の心を折る最後の一撃となってしまったのだ。

 唯一事情を知るサーシィと、彼女をいつも案じてくれる宮宰のデルメルも、落ち込み塞ぎ込んだ彼女に優しく接し励ましてくれた。だが言い換えれば、既に彼女を気にかける者などこの二人しか居なくなっていたのだ。


「わたし……ほんと、なんのために、生まれてきたんだろう……」


 部屋に閉じこもって、膝を抱えた彼女はひっそりと涙を零す。心の中でずっと、出来損ないと自分を罵りながら。
 あの男を、ヘニルを恨む気にもなれなかった。なぜなら彼自身、暗に自分など信用するなと言っていたのだから。


「もう……このまま死のう、生きてたって、意味なんて……」


 暗く沈んでいく彼女に釣り合わない晴天。この窓も塞いでしまおうとカーテンに手を伸ばした。
 その時だった。


「たのもー!!」


 城中どころか国中に響き渡っているのではないかと思うような大声が飛び込んでくる。その声に覚えのあったセーリスは思わず部屋の窓を開け放った。


「我こそは、原初の神族ウラノスの子、ヘニル!」


 声は城門の方から聞こえてくる。ざわざわと、下にいる兵士や臣下たちのざわめきも微かに耳に届いてきた。

 落ちないように窓から身を乗り出せば、ギリギリ城門の方が見える。目を凝らせば門の上に誰か立っている。
 覚えのある乳白色の髪。その手には無骨な槍を手にしている。人によってはその姿は敵襲に見えたかもしれない。


「俺は第二王女の美しさが気に入った! これより我が力、王国に預けるとする!」


 なぜ、そう思った。適当に生きているからと、縛られるのは御免だと言って、どこかへ行ってしまったのではなかったのか。


「姫さま……!」


 慌てた様子でサーシィが部屋に入ってくる。その目には涙が浮かんでいて、ようやく訪れた待ち人を主人に伝えようとしていた。


「ヘニル……、約束、守って……」
「デルメルー! はやく出て来ーい!!」


 その呼びかけにセーリスはさっと顔を青くする。これから仕官するというのに、上司になるであろう宮宰を呼び捨てにする阿呆がいるだろうか。


「あんのバカー!」


 サーシィに目配せし、彼女は部屋を飛び出した。


 その日から彼女の生活は大きく変化していくこととなった。




01 仕官代 了
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