鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

りりっと

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01-02 勧誘と代価

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 お願いしますと、そう王女は身分を明かしながらも頭を下げた。それはどれほど重大な出来事だっただろう。この国に住む者であれば誰もが理解できることだった。

 しかし。


「俺どっかの国に肩入れするつもりは無いんだわ」


 一瞬の躊躇いもなく、男はそう言い放った。


「なっなんで!? 待遇だって良いしお金だって……」
「束縛されるのが嫌なんだよぉ。まぁ、産まれてからずーっと国に縛られたお姫様にゃ、自由の尊さなんて分からねぇと思うがね」


 その物言いに背後に控えていた侍女サーシィは眉を寄せる。


「無礼な……口を慎みなさい」
「だって俺は王国民じゃないし? 敬うようなことをしてもらったわけでもないし。俺はただ戦場で自由に暴れるのが好きなんだ、諦めな」


 しっしと手を払い、男は酒を呷った。ちなみにそれは彼女の奢りである。
 こんなやつを相手にする必要はないと、そう言いたげな視線を向けてくるサーシィを片手を上げて宥め、彼女は、この国の第二王女であるセーリスは席を立った。


「今日は出直してきます。でも、私は諦めません。また来ますから!」


 これが初回。

 風来坊。戦闘狂にして戦争屋。そんな神族であるヘニルがルシアル王国に滞在していると知ったセーリスは、なんとかして彼を王国軍に加えられないかと考えていた。

 今現在、王国は他の二つの国と三つ巴の小競り合いを繰り返している。その中でも、王国の軍事力は戦争において重要な神族の数という面で、二国に遅れをとっていると言っても良かった。
 王国に居る神族は僅か二人。対して他国は五人前後の神族を擁している。これでまだ力が拮抗しているのは偏に軍の練度の高さ故なのだが、それでも神族が出てくると厳しくなる。

 神族は一騎当千どころか万にも匹敵するほどの超人。抜け殻の神器よりもずっと高い破壊力を単体で提げてくる。


「絶対にものにしてみせるわ……!」



 二回目。

「王国軍に入ったら、あの“同族嫌い”のデルメルの部下になるんだろ? 無理だってそんなの」
「うっ……それは、言い返せない……」

 反論できず失敗。


 三回目。

「お願いされるならもうちっと胸のある子の方が唆るな」
「…………すいませんね、発育が悪くて」

 話を逸らされ失敗。


 四回目。

「王国軍ってさぁ、なんか息苦しそう。一戦闘終えたらさ、酒飲んで女抱いて爆睡したいじゃん?」
「それだって軍に入っても無理じゃないはず……あー、でもダメかなぁ……」

 要望を満たす確信が持てず失敗。


 五回目。

「お姫様って、もっとキラキラして可愛らしいもんだと思ってたけど、あんたは普通だな」
「そりゃどうも」

 不敬。


 その後も何度も何度も頼んではあれこれ言われ躱されてきた。どうやらヘニルには本気で軍に入るつもりは無いらしい。けれど、その程度で諦めるわけにはいかなかった。


「今度こそ……」
「ですが、なんだかんだ毎度同じ酒場に居ますよね」


 サーシィの言葉にセーリスは裏路地の途中で足を止める。


「確かに。何でだろ」
「姫さまをからかっているのかもしれません。デルメル様が登用をお許しになるかも分かりませんし、一度考え直された方が良いのでは?」


 そう、彼女のこの行動は独断なのだ。

 父王が崩御し、姉である第一王女が後を継ぎ女王となった。第二王女であるセーリスは残念なほどに凡人で、姉の補佐を何一つできないのだ。


「小さい頃から、第二王女は飾りだからって、居ても居なくても同じだって言われてきた。でも……」


 優秀で美しい姉と比較され続け、セーリスは周囲から何もできないお姫様のように扱われてきた。次期女王として厳しい教育を受ける姉が、何の責務も負わずのうのうと生きてる妹を見て、どう思うかなど容易に想像できてしまった。今だってさも妹など存在しないかのように振る舞っているのだ。


「そう言われてきたのは、私が本当に何もして来なかったから。お姉様は大変だな、なんて思って見ていただけだったから。お父様が亡くなって、お姉様は悲しむ姿も見せず責務を果たしている。なら、私だっていつまでも甘えてちゃダメ」


 決意を秘めた瞳でセーリスは言う。
 今こそ王族に産まれた責務を果たすべきなのだと。少しでも国のためになることを、身を砕いてでもするべきなのだと。


「私なんて生きてる意味なんてない、もうそう思いたくない。誰に評価されなくても、諦めない。あの人を登用するためなら、何だってするわ!」


 意気込むように彼女が言い放ったところで、誰かがぱちぱちと手を叩く。不思議に思って音のなる方に視線を向ければそれは上で、彼は三階辺りの窓の庇に、そんな僅かな場所に座っていた。


「いやいやなかなか、いい演説だったぜ」


 軽々とそこから飛び降り、乳白色の髪を揺らして男は彼女たちの前に着地する。そしてあいも変わらず軽薄そうな笑みを浮かべる。


「本当に俺を登用するためなら何でもできるの?」


 さっきの話はちゃんと聞いていたのだろう。男はそう問いかけてくる。それに間髪入れず、セーリスは頷いてみせる。


「できるわ」
「姫さま……!」
「何か欲しいものでもあるの。私に用意できるものなら、何でも出すわ」


 覚悟が決まっている様子のセーリスに、男は何かをしばらく考えるように黙った後、戯けたような口調でこう言った。


「じゃあ、あんたの身体」


 咄嗟に二人はそれがどういう意味なのか分からなかった。
 身体、そのまま食べるのだろうか。食人の趣味でもあったのか。いや、そんな。

 意味が伝わらなかったと思ったのか、ヘニルは片手の親指と人差し指で輪を作り、もう片方の手の人差し指をそこに突っ込む動作をする。


「俺とえっちしてくれたら、あんたのために戦ってやるよ!」


 そして追い討ちのように、一言。


「……、……え?」
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