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08 終幕落下!

4 破滅の日は

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 悶々とした感情を抱えたまま、創立記念日はやってきた。華やかな空気に取り残された私は、パーティーを楽しむ他の生徒をじっと眺めていた。

 フォボスさんの必死のフォローを、ただ私は受け止めただけだった。

 ハッター先生が今まで散々苦労してきたのは、なんとなく分かっていた。じゃなければあんなに寂しそうな顔は見せないし、人との関わりを避けたりしない。あんなに素晴らしい魔法の才能を持っているのに、学園長として隠遁生活を送っていたりもしない。
 彼はきっと疲れてしまったんだ。人の心が見えてしまうのも、そしてその心が一瞬にして、自分に対する嫌悪感に変わってしまう様も。誰かと接するだけで、彼は傷ついていく、擦り切れていく。それに、耐えられなくなった。

 なら多分、私も側にいない方がいい。
 フォボスさんは私と先生は似ているって言っていたけど、それは違う。私が人と違うのは、これが二度目の人生だからだ。一回死んでて、そしてこの世界は私の好きだった乙女ゲームだってだけ。だから、普通知り得ないことも知ってるし分かる。フォボスさんとしては、そこが似ているって言いたいんだろうけど。


「このパーティーが何事もなく終わったら、もう」


 私の思い込みの力も、流石に大幅な現実改変みたいなことはできないようだった。
 例えば、急に周りの人が心変わりして私を責め始めるとか、クレイン兄上とかロサリアとか、フェルナン様が豹変して私を追い出そうとするとか。
 それもそうだ。だって、そうなるはずがないって私が思ってる。だって普通に、解釈違いですし。人は原因もなく豹変したりしません。

 せいぜい起こり得ることといえば、私が足を滑らせてロサリアに何かすることくらい。でも、もうそんなことが起こっても何も変わらない。

 不思議の国から現実に、私は帰ってきた。


「ぬるゲー、始まった」


 きらびやかに彩られた花々。飾られた広い庭。楽しそうに談笑する他の生徒たち。そんな光景をぼーっと見つめた後、私は何気なく空を見上げた。
 空だけは、私の生前と変わらない。なんの変哲もない、青い空。それを見て思った。

 なんだか、つまらないな。


「アリシェール、まだぼーっとしてるのか」
「フェルナン様」


 女の子に囲まれていたフェルナン様が戻ってくる。色男は大変ですね、私の婚約者ですけど。正妻の余裕ってやつでしょうか。


「そろそろ話してくれないか」
「何を、ですか?」
「学園長先生と何があったか、だ」


 思わず苦い顔をしてしまう。そんなこと話せるわけがない。そう思って、これまで何度もされてきたその質問に知らないフリをしてきた。
 いや、全部演技だったってことにすれば、別にフェルナン様に話してもいいのかな。でも、でも。


「ハートリー・デュ・ライセット。彼の話をフォボスから聞いたんだろう」
「えっ」


 どうしてその名前を知っている、なんて視線を向ければ、フェルナン様は肩を竦める。


「フォボスが学園に来ているのを見て、思い出したんだ。僕はかつて学園長先生に王城で会ったことがある。その頃はまだ、魔法省の統括をしていた」


 そういえば会ったことあるみたいなこと言ってた。少年時代のフェルナン様は、確か彼に会うのを楽しみにしていたはず。ということは、無事に会えた、ってことなのかな。


「今とは全然雰囲気が違う。もっと素朴な人だったから、全く気付かなかった」
「素朴……?」


 一番先生と縁遠い表現な気がする。雰囲気すごいし、なんかもう明らかに強者の風格だし。


「とても優秀な人だったけれど、いつも神経をすり減らしているような、そんな人だった。そんな印象に違わず、顔を合わせたのはそれが最初で最後だったよ」
「お祝い事とかには全く参加しなくなったんですよね」
「ああ。数多の功績のある人なのに、悪評や陰口も絶えなかったから」


 王城に居たフェルナン様はきっと、それを小耳に挟むようなことが結構あったのだろう。
 人の心を読み取れる先生は、周囲に嫌われないよう必死に尽くしてきた。でも周囲は文句なんて口にした覚えがないのに心を見透かされて、機嫌をとってくる彼を怖がった。まさに先生の行動は逆効果、というやつ。
 なんでそんなに不器用なんだろう、なんて思ってしまうけど、心が読めたらそうなってしまうのかもしれない。


「だから……思い返してみると、本当に驚いたよ。人付き合いに失望して魔法省を去った彼が、君と仲良くしていたことに。多分君と一緒にいる先生の姿が、本来の姿だったんだなと」
「フェルナン様?」
「君も、先生と一緒に居る時が一番、楽しそうだった」


 そう言ってフェルナン様はぎこちなく微笑む。
 何の話、なんだろう。なんか風向きが、変わった気がする。


「アリシェール、僕は……先生と一緒に居る君を見て思ったんだ。僕にも、そんな風に笑った顔を見せて欲しいって」


 けれどと彼は言い淀む。一瞬悲しげに目を伏せる様に、ちくりと胸が痛む。


「学園長先生のこと、好きなんだろう」
「……フェルナン様も、そう仰るんですね」
「ああ。だって先生といる時の君は、飾ってなくて、偽ってなくて、心の底から笑っていた。そして、彼と何かあったらしい今の君は、まるで抜け殻のようだ」


 抜け殻と呼ばれて、私は思わず胸に手を当てる。
 何もおもしろくない。何も感じない。まるで心だけがなくなって、穴が空いてしまったかのように。


「大方、君は僕と婚約しているから、……前に牽制したせいか、先生は君を突き放したんだろう。何もなかったように振る舞って」


 ああ、言い当てられてしまった。
 でもそれくらい分かるよね。ここでもずっとぼーっとして、心ここにあらずって感じで。
 私だって認めたくなかった。だって、認めてしまったら辛いから。それは絶対に叶わない想いで、報われてはいけないものだから。


「ごめ、なさい……フェルナンさま、私……」
「謝るな。君のせいじゃない」


 じわりと浮かんだ涙を、フェルナン様は指で拭ってくれる。
 こんな場面でもイケメンだ。かっこいい。私の推し。
 好きなのに、でもフェルナン様への好きと先生への好きは、全然違った。こんなにかっこいい人を目の前にして、それでも私は先生のことを諦められないでいる。

 これが、恋、なんだ。


「必死に手を伸ばせば、届くと思った。けれどもう、君の心は決まっているんだな」
「でも、フェルナン様……」
「ありのままの君の姿が、笑顔が、……本当に大好きだ。これからも、ずっと」


 フェルナン様の手が私の頭を撫でる。優しい笑みを浮かべて、彼は呆然とする私に語り続ける。


「だから君の笑顔を守りたい。それが僕にできる、君への愛の示し方だ」


 ぐいっと、私の手を引いてフェルナン様は会場である庭の中心部分まで進んでいく。そこでくるりと振り返るとふっと笑みを消し、数歩私から距離をとった。
 そして声を張り上げた。


「アリシェール・ラトヴィッジ・リオル。今ここで、君との婚約破棄を宣言する」
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