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15-01 彼女たちの過ち
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「ただいま、ガトリン。心配かけたな」
「オルトス……! 良かった、良かった……」
複製体という身体を得て戻ってきたオルトスを、ガトリンは心から喜び迎えた。彼の姿は彼女の記憶の中のオルトスと寸分違わぬもので、おかしなところなど一つもなかった。
「俺が君を一人にするわけないだろ? 大丈夫、これからもずっと、傍にいる」
しかし異常は、彼女の目に見えないところに存在した。それをオルトスはひた隠しにしていたのだろう。
人の形をしているとはいえ、複製体は異形の身体を継ぎ接ぎして作られたものだ。身体への違和感、触覚や味覚の異常、形容し難い気持ちの悪さ。彼の力の象徴とも呼べる竜鎧も、どこか歪んでしまっていた。
それらの異常は常にオルトスに付き纏った。それは最初の複製体が、人だった頃の記憶を最も鮮明に持っていたが故の問題だったのだろう。
それでも、最初の複製体はかなり保った方だった。オルトスは慎重にオツロとの戦いを進め、何度も聖宮へと帰還した。全てはガトリンのために。
……それでも足りなかった。自分が一度死んだという経験をはっきりと持っていたオルトスは、既にオツロを打ち倒すほどの生命力など持てなかったのだ。
「ま、また……ガレアノ様、オルトスが、オルトスがまた、死んでしまう……!」
二度目の英雄の死に、ガトリンは絶望した。だがアイゴケロースの司祭たちは聖女の負担など考えずに、すぐに次の複製体を生み出した。オルトスの代わりの英雄がいないアイゴケロースにとって、たとえ複製体といえどオルトスの生存は絶対に必要だったからだ。
二番目の複製体は一番保たなかった。彼は生まれて一週間ほど経った頃に、手痛い敗北と共に致命傷を負った。
それに比べれば、三番目の複製体はまだ保った。それを見た司祭たちは、たとえ複製が死に続けようと、新しい複製を作り続けていけばこのまま安定していくだろうと、強く願うようになった。
「そうだオルトス、覚えてるかしら。最初に二人で街を訪れたとき、花を贈ってくれたでしょう? ちょうど庭でその花を育てようとしてて……」
「……そう、だったか? すまない、ガ……ガトリン、うまく、思い出せなくて」
だが皆気付いていた。
複製体を作り、オルトスの意識を移し替えるたびに、記憶や性格に欠落が生じるということを。
三番目の複製体は、まだ微かにオルトスの記憶を有していた。自分の名前も、ガトリンの名前も覚えていた。けれど、それ以外のことはほとんど覚えていなかった。オルトスの特徴とも呼べたあの屈託のない笑みも、消えてしまった。
「いいのよ、オルトス。過去のことを思い出せなくても、貴方さえ傍に居てくれるのなら……」
そのときからガトリンは、このままでは自分が愛した英雄が消えてしまうことを、微かに理解し始めていた。
だが彼女は目を背け、非情な現実から逃げ続けた。オルトスはまだ死んでいない。最愛の英雄は今、自分のすぐそばに居るのだと。
そして数ヶ月の後に三番目が死に、四番目の複製体が生み出された。
「オルトス、目が覚めたのね。おかえりなさい……」
「…………」
月光を思わせる青の双眸は、失われていた。彼の右目は、誰のものとも知らぬ金色をしていたのだ。
そして自分を抱きしめる女を見つめて、四番目の複製体はこう言った。
「誰……?」
「オルトス……! 良かった、良かった……」
複製体という身体を得て戻ってきたオルトスを、ガトリンは心から喜び迎えた。彼の姿は彼女の記憶の中のオルトスと寸分違わぬもので、おかしなところなど一つもなかった。
「俺が君を一人にするわけないだろ? 大丈夫、これからもずっと、傍にいる」
しかし異常は、彼女の目に見えないところに存在した。それをオルトスはひた隠しにしていたのだろう。
人の形をしているとはいえ、複製体は異形の身体を継ぎ接ぎして作られたものだ。身体への違和感、触覚や味覚の異常、形容し難い気持ちの悪さ。彼の力の象徴とも呼べる竜鎧も、どこか歪んでしまっていた。
それらの異常は常にオルトスに付き纏った。それは最初の複製体が、人だった頃の記憶を最も鮮明に持っていたが故の問題だったのだろう。
それでも、最初の複製体はかなり保った方だった。オルトスは慎重にオツロとの戦いを進め、何度も聖宮へと帰還した。全てはガトリンのために。
……それでも足りなかった。自分が一度死んだという経験をはっきりと持っていたオルトスは、既にオツロを打ち倒すほどの生命力など持てなかったのだ。
「ま、また……ガレアノ様、オルトスが、オルトスがまた、死んでしまう……!」
二度目の英雄の死に、ガトリンは絶望した。だがアイゴケロースの司祭たちは聖女の負担など考えずに、すぐに次の複製体を生み出した。オルトスの代わりの英雄がいないアイゴケロースにとって、たとえ複製体といえどオルトスの生存は絶対に必要だったからだ。
二番目の複製体は一番保たなかった。彼は生まれて一週間ほど経った頃に、手痛い敗北と共に致命傷を負った。
それに比べれば、三番目の複製体はまだ保った。それを見た司祭たちは、たとえ複製が死に続けようと、新しい複製を作り続けていけばこのまま安定していくだろうと、強く願うようになった。
「そうだオルトス、覚えてるかしら。最初に二人で街を訪れたとき、花を贈ってくれたでしょう? ちょうど庭でその花を育てようとしてて……」
「……そう、だったか? すまない、ガ……ガトリン、うまく、思い出せなくて」
だが皆気付いていた。
複製体を作り、オルトスの意識を移し替えるたびに、記憶や性格に欠落が生じるということを。
三番目の複製体は、まだ微かにオルトスの記憶を有していた。自分の名前も、ガトリンの名前も覚えていた。けれど、それ以外のことはほとんど覚えていなかった。オルトスの特徴とも呼べたあの屈託のない笑みも、消えてしまった。
「いいのよ、オルトス。過去のことを思い出せなくても、貴方さえ傍に居てくれるのなら……」
そのときからガトリンは、このままでは自分が愛した英雄が消えてしまうことを、微かに理解し始めていた。
だが彼女は目を背け、非情な現実から逃げ続けた。オルトスはまだ死んでいない。最愛の英雄は今、自分のすぐそばに居るのだと。
そして数ヶ月の後に三番目が死に、四番目の複製体が生み出された。
「オルトス、目が覚めたのね。おかえりなさい……」
「…………」
月光を思わせる青の双眸は、失われていた。彼の右目は、誰のものとも知らぬ金色をしていたのだ。
そして自分を抱きしめる女を見つめて、四番目の複製体はこう言った。
「誰……?」
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