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07-03

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「献身に、感謝します」


 淡々と礼を述べれば、また次の献上品を持って別の人々が現れる。概ね予想していた催しの内容に、しいらはルーヴェに支えられながら自分の役目を果たそうとした。

 けれど。


「あの……今年も、ナシラ様は居られないのですか」
「……ナシラは少し、体調が良くなくて休んでもらっています。すいません」


 それを聞いていた人々の目が不安そうに歪む。だがそれは、ナシラが座るはずだった椅子が空席になっていることへの不安だけではないだろう。


「(私への、不満の視線……)」


 本来こんな場所に立つはずではなかったしいらは、礼の言葉も簡素で、立居振る舞いもかなり雑な部分があった。それ故に、あれが本当に聖女なのかと、そういう視線に晒されてしまっていたのだ。


「(早く終わらないかなぁ。流石に堪えるんですけど)」


 ルーヴェも厳しい表情をしている。それを横目で確認したしいらは、とにかく全ての献上品を捌き切るしかない、そう思ったときだった。
 白い髪がしいらの視界を横切る。その髪の持ち主はのそのそと聖宮内を歩くかのような自然さで会場を横切ると、空席のままだった自分用の椅子に座った。


「……ナシラ」
「ナシラ様!」


 欠席だと思われていた主役の登場に、人々が沸き立つ。それも真顔で受け止めたナシラは軽く片手を上げると、すぐに静まり返った空気の中、口を開いた。


「皆の献身に感謝する」


 たった一言、それだけだったというのに、その場にいた人々からは拍手や歓声が上がる。先ほどまで燻っていた聖女への不満も、あっさりと吹き飛んでしまったかのように。

 その後も長々と催しは続いたが、ナシラがいることで皆機嫌が良かった。しいらの当初の予定よりもずっと穏やかに、日が沈む頃には催しは無事終了した。


「終わった……」
「お疲れ様です、しいら殿。ナシラも、ご足労いただき、感謝します」
「ん」


 平然と返事をした彼は椅子から立ち上がると大きく伸びをする。ついでに大きな欠伸をこぼしていたのを見るに、普通に寝起きだったのだろう。


「って、ナシラ、一週間前は行かないって言ってたのに、どうしてここに?」


 来てくれるなら最初からそう言ってくれれば良かったのに。半ば文句を言うかのように、しいらはナシラに尋ねた。
 彼は何度か瞬きをすると、小さく首を傾げる。


「暇だったから」
「そ、そっすか」
「うん」


 英雄とは何とも気まぐれなものか。でもそれくらいの適当さの方が気楽かと、しいらは項垂れた。
 だがそんな気落ちしたような彼女の顔を見ていたナシラは、自分から口を開いた。


「あと、しーらが困ってるみたいだったから」
「え?」


 思わずしいらは自分の耳を疑った。今この英雄は何て言ったのだろうか、と。


「しーらが、困ってたから、来た」


 再度そう繰り返すナシラに、しいらは思わず手が震えてしまう。今自分の中に渦巻く感情が何か分からなくて、彼女はルーヴェの方を見た。


「良かったですね、しいら殿。貴女のお手柄です」


 そう言ってルーヴェは優しい表情で微笑む。それにようやくしいらは実感を持った。
 ナシラが自身の欲求以外で動いているところを初めて見た。それも、聖女であるしいらのために。
 もしかして今まで彼のおねだりを受け入れてきたからだろうか。そんなことを考えそうになって、しいらは首を横に振った。これは見返りなんかではない、報いなんかではない。

 でも。


「ナシラー! 君はなんていい子なんだー!!」


 がばっとナシラに抱きつき、しいらは彼の頭を撫で回した。顔には自然と緩んだ笑みが浮かんで、ついでに少しだけ涙も出てきてしまう。
 喜ぶしいらの顔をじっと見ながら、ナシラも彼女を抱きしめる。彼女の手を大人しく頭に受けて、気持ち良さげに頰を擦り寄せた。


「ほんとに、ほんとにありがとね、ナシラ。……あれ?」


 ナシラと抱き合っていたしいらは異変に気付く。
 何か、下腹部に、硬いものが。


「ちょ、ナシラさん、も、もう、あの」
「しーら、早くシたい」
「ばっばばばばかもんこんな場所でそんなこと言っちゃだめなの……!」


 ぐいぐいと押し付けてくる、なぜか既に興奮しきった怒張にしいらは焦る。確かにもう人の目はないが、普通に聖宮の外なのだ。


「そろそろ日が沈みますから、自然のことです」
「ルーヴェさんの真面目な解説……」
「聖宮へ戻りましょうか。くれぐれも、外で始めないように」


 再度ルーヴェの言葉をナシラにも伝え、しいらは彼の手を引きながら帰路についた。
 その時は馴染みのある夕焼けを見ても、不思議と不安にはならなかった。




07 了
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