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03-01 聖女メレフの存在意義
しおりを挟むその後も夜が来るたびに、しいらは英雄ナシラの相手をした。
彼は外に出る際には人の姿をしていないらしく、帰ってくるときには必ず異形の姿のままだった。だいたい前戯は異形の姿で行い、身体を重ねるときだけ人の姿に戻った。一度だけ、帰ってきてすぐ人の姿になったときもあったが、そのときもしたことは変わらなかった。
一回の行為は長いが、言葉など一つも口にすることなく、彼はしいらの中で十分精を吐き出すと、そのまま自室へと戻っていく。そんな生活に慣れていったしいらも、行為が終わったあとは身体を清めて何事もなく自室で眠れるようになった。
最初はどうかと思ったが、別に行為は痛くないどころか気持ちがいい。会話だって、そもそも言葉が伝わらないし分からないのだから別に気にする必要はない。そう、思っていたのだが。
「……あれ、ナシラ、きみ」
行為を終えて帰ろうとするナシラの足に、彼女は傷をみつけた。まだ出血しているらしいその怪我に、思わず彼女は綺麗なシーツを引っ張り、止血しようとした。
だが彼女の手は彼に触れそうなところで払われる。
「パトシェ」
ナシラのちゃんとした声を聞いたのはそれが初めてだった。だが、しいらはその冷たい反応に思わずカチンときたのだ。
「パトシェとは、触るな、という意味です」
「なんとなく分かったから解説しなくていいです」
後々、ルーヴェに会ったしいらは文句を言った。
確かに聖女の仕事は英雄に抱かれるだけだと、そう言われた。だから余計な干渉をしてはいけないのかもしれない。
それでも、怪我をしていたら誰が相手だろうとハンカチを差し出して、手当てを手伝ってやるのが普通だと、しいらは思っていた。何度も身体を重ねた相手ではあるし、ちょっとくらい気を遣うのは駄目なことではないはずだ。
「ナシラさん、愛想なさすぎじゃない? 怪物の姿はなんかちょっと愛嬌あるからいいんだけど、美男子になった途端なんか、なんか……ムカつく」
「あの姿を愛嬌があると言えるだけ、十分貴女はすごい方だと思いますよ」
「それはどうも」
異形の姿のナシラはどこか可愛げがある。だが驚くことに、ナシラの異形の姿は帰ってくるたびに変わっているのだ。
最初の日はドラゴンと蛇の合体したやつみたいなの。次の日は獣の頭に鳥の身体、魚のような尾。そのまた次の日は角の生えたトカゲのような六本足の怪物。とにかく様々だ。
今のところ、怪物の姿で交わることはないが、身体の大きさも日毎に変わるため、できなくはないかなと、毒され始めたしいらは考えていた。
「ナシラは確かに無愛想ですが、それでもアイゴケロースを守る救世主なのです。どうか、お目溢しを」
「うん……っていうか、英雄とか救世主とかって言われてるのに、彼が普段何をしているのか私全然知らないんですけど」
といっても、しいらがナシラのことをよく知らないのは、彼女が昼頃まで惰眠を貪っているせいだろう。ナシラはしいらが眠っている間にまた外へ出てしまうらしく、いまだ夜の時間以外に会ったことはないのだ。
「そうですね、このあたりでしっかりと説明しておきましょう」
「待ってました」
長らく、知らなくてもいい、という状態で放置されていたしいらだったが、その日ようやくルーヴェから説明を貰えるようだった。
疑問はいくつもある。ナシラとは何者なのか、なぜ彼は英雄なのか、などなど。
「ナシラ・アルシャフトとは、アイゴケロースの英雄に与えられる名前です」
「あ、そうなの。本名じゃないんだ」
「はい。その名で呼ばれるということは、アイゴケロースにおいて最も尊き存在であるという象徴なのです」
「それで……具体的には何をしたから英雄?」
巨大な竜を退治をしたとか、異民族を撃退したとか、そういう偉業によって英雄という称号は与えられる。だとしたらナシラは、アイゴケロースに益のある何かをしたのだろう。
「それにはこの世界のとある問題が関係しています。……しいら殿の世界に、オツロ、というものはありましたか?」
「おつろ……? いやぁ、ないなぁ、たぶん」
「そうですか。オツロとは、空虚なるものという意味です。生物ではなく、実体があるわけでもなく……ですがそれは、この世を次第に蝕んでいく災厄なのです」
いまいち要領を得ない説明に、しいらは首を傾げた。ファンタジー世界でありがちな設定として捉えるのなら、そのオツロを放置すると世界が滅ぶ、というところか。
「故に、十二宮はオツロを駆除せねばならないのです」
「十二宮?」
「十二の世界のことです。その一つが、アイゴケロース」
「あぁ……」
つまりこの世界は、十二の世界の集合体、惑星の集まりのようなもの、なんだろう。しいらが居るのがそのうちの一つ、アイゴケロースだと。
「オツロは宮に一箇所ずつ、根を張っています。といっても、英雄たちの話によれば、宙に浮いているものだと」
「ほう」
「ここまで言えば分かるでしょう。英雄はそのオツロを駆逐すべく、戦っているのです」
「はぁー」
ナシラが普段何をしているのかについてはこれで合点がいった。彼は毎日、世界が呑み込まれないようオツロという敵と戦っているのだ。
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