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01-01 英雄という名の怪物
しおりを挟む彼女は、ぼうっと列車通過の赤文字を見つめていた。
『電車が通過いたします。危険ですから……』
機械的なアナウンスと共に、轟音が近付いてくる。ビリビリと空気を揺らすその音は、間違いなく巨大な鉄の塊が高速でこちらへ走ってくることを示していた。
『電車が通過いたします……』
「……電車が通過、いたしまーす」
爆音。衝撃音。
最期に聞くものはそれだと、思っていた。
「サマ……ン、セ……、シェス」
気が付けば頭上から聞いたことのない言葉が降ってきていた。穏やかに閉じていた目を開けた彼女は、これまた見覚えのない変な格好をした男たちが自分を覗き込んでいる異様な光景にあんぐりと口を開けた。
「プレトリ、ルーヴェ」
一番高齢そうな老人がゆったりとそう喋ると、奥から誰かが歩いてくる。これまた変な格好、形容するならば実にファンタジックな民族衣装を身に纏った髭面の男性が、彼女の目の前に立った。
「お嬢さん、私の言葉が分かりますか。どうかお返事頂きたい」
日本語だ。彼女は咄嗟にそう思った。
さっきまでどこの言語かすら見当もつかないような言葉で喋っていたのに、突然聞こえてきた母語に驚く。それがあまりにもこの空気と服装に不似合い過ぎて、いっそ笑い出してしまいそうなくらい彼女は混乱した。
「分かり、ますけど……」
「よろしい。私の名はルーヴェ。統合の塔にて修練を積んだ、ここ磨羯宮の司祭です」
「……は?」
同じ日本語を話しているはずなのに、そこまで長い言葉でもなかったはずなのに、彼女は思わず首を傾げた。なぜか目の前の男が言った言葉の半分も理解できなかった気がする。
あまりにも間抜けな顔をしていたのか、ルーヴェと名乗った男は眉根を寄せると咳を一つ溢した。
「失礼。ともかく、私が司祭であることが分かればよろしい。そしてこの場に居る者もまた私と同じ司祭たち、そして司祭長です」
「は、はぁ……ここって、教会か何かなんですか……?」
「厳密には……いいえ、その程度の理解で十分です」
もはや詳細を説明する手間も省かれ、彼女を置き去りにしたまま話は進んでいく。
「我々が貴女をこの地へ呼び立てた者です。貴女に折り入って頼みたいことがあります」
「頼みたいことって、あの、私の名前聞く前にそんなこと言われても怪しさしか感じないんですけど」
名前を聞かないということは、聞く必要がないからじゃないのか。そう考えた彼女は嫌な予感をひしひしと感じる。
よくよく周囲を見渡してみれば、建物もどう見ても自分のいた国のものではない。大理石のような品のある白い壁と天井、それがどこまでも広がっている。調度品も、彼女が普段目にするデザインではない。
異国の言葉。見知らぬ服装と建築物。そしてこの状況。
いくらこの現状を夢か何かだと思いたくても、自分の五感で感じる全てが物語っている。これが現実だと。
「ルーヴェ」
再びあの高齢の老人が口を開く。柔和な笑みを浮かべたその老人はルーヴェと名乗った男性に、何か手振りをしてみせた。それを見たルーヴェは老人の手を取る。
「お嬢ちゃん、混乱しているところすまないねぇ。酷な話だとはね、儂らも分かっておる」
さっきまで異国語を話していた老人の言葉が、はっきりと彼女の知る言葉に聞こえた。優しく彼女の身を労るようなその口調に、彼女は少しだけ緊張が解けるような気がする。
けれど。
「だけどね、お嬢ちゃんは儂らの頼みを聞くしかない。だってお嬢ちゃんは」
まるでおとぎ話に出てくる優しい魔法使いのような見た目をして、その場の誰よりも優しい笑みを浮かべた老人は、その雰囲気に似合わない言葉を容赦なく彼女に浴びせた。
「もう元いた場所には戻れないんだから」
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