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04 王子からの頼み
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「先生!」
イメリをその呼び名で呼ぶのは一人だけだ。振り返って足早に駆けてくるその人物を視界に入れれば、彼はクールな雰囲気に似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべた。
「これは殿下、王城におられるなんて珍しいですね」
「敬語はやめてください。どうぞ、以前のように」
「そうは言いましても、わたしはもう君の先生では……まぁ、いいか」
声をかけてきた相手は、この国の正統な後継者、王子ディレンだった。
クラクスが側に居ようものなら、失礼ですよとしつこく注意を受けるところだが、幸い彼は側にいない。ハメを外すようにイメリは砕けた口調で話す。
「王子様のお仕事は大変だろう? 勉強のためとはいえ、いろんな領地を転々とするなんて」
「確かに苦労も多いですが、それが役目ですから」
「いやぁ、君は本当に私の教え子とは思えないくらい優秀だなぁ……」
イメリがディレンに教えたのは剣である。といっても、彼女の剣術はその無骨さと無作法さから邪剣と呼ばれ、世話係などからかなり顰蹙を買ったのだ。
「もちろん、先生に教わったことも忘れてませんよ。有事の際には手段を選ぶな、ですよね」
「そうそう。見た目の綺麗さなんて気にしちゃだめだよ。どんな方法を使おうと勝たなきゃ意味がないんだから……って、昔話をするためにわたしを呼び止めたの?」
ついつい思い出話に興じてしまいそうになったが、イメリは何か用があったのではないかとディレンに尋ねる。
「あ、いえ、先ほど謁見の間の前を通りかかったら、ちょうど父上と先生が話していたので」
それで追いかけてきたのだという彼に、イメリは笑みを引き攣らせた。あの場面を見たということはつまり、彼女が縁談で相手に大怪我を負わせたことも聞いていたのか。
「先生が結婚相手を探しているとは知らなかったので、つい好奇心が働いてしまいました。てっきり結婚には興味がないのかと」
「あぁ、はは、ははは……まぁ、興味ないけど……いい相手がいたら別にしてもいいかなぁって」
それにディレンは僅かに目を伏せる。続け様に質問を口にする彼は、イメリからすると珍しかった。
「いい相手、というのはやはり、自分よりも強い方、なんですか?」
「いやいや、わたしより強い男探したら選択肢がなくなっちゃうじゃないか。わたしよりか弱い旦那様だろうと、全力でお守り申し上げる所存だよ」
「……なるほど」
ディレンがこんな野次馬のようなことをするなんて珍しい、そう思いながらも納得してしまう部分はある。何せ彼に剣の稽古をつけていた頃のイメリは、恋愛事や異性には一切関心がなかったからだ。ついでに姫君に一目惚れされた頃でもある。
それにディレンはとある理由からまだ婚約すらもしていない。今後を考える上で何か参考にでもするのだろう。
「きっといい相手が見つかりますよ」
「だといいけど」
投げやりにイメリが言うと、ディレンはどこか含みのある笑みを浮かべる。
「ところで先生、実は折り入って頼みたいことがあるんですが、宜しければ僕の執務室に来ていただけませんか」
「頼みたいこと?」
「あと、教えてほしいこともあるのです」
果たしてディレンに教えられることなど剣以外にあっただろうか。そう思ったイメリは首を傾げた。
「それってわたしに教えられることなの?」
「もちろんです」
「ふーん。じゃあ、久しぶりに可愛がってあげるよ、ディレン」
背伸びしながら両手を伸ばし、彼の綺麗な金の髪をわしゃわしゃと撫で回す。懐かしい触れ合いにディレンが幸せそうに笑っているのを見て癒されていると、誰かが彼女の手を掴んだ。
イメリをその呼び名で呼ぶのは一人だけだ。振り返って足早に駆けてくるその人物を視界に入れれば、彼はクールな雰囲気に似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべた。
「これは殿下、王城におられるなんて珍しいですね」
「敬語はやめてください。どうぞ、以前のように」
「そうは言いましても、わたしはもう君の先生では……まぁ、いいか」
声をかけてきた相手は、この国の正統な後継者、王子ディレンだった。
クラクスが側に居ようものなら、失礼ですよとしつこく注意を受けるところだが、幸い彼は側にいない。ハメを外すようにイメリは砕けた口調で話す。
「王子様のお仕事は大変だろう? 勉強のためとはいえ、いろんな領地を転々とするなんて」
「確かに苦労も多いですが、それが役目ですから」
「いやぁ、君は本当に私の教え子とは思えないくらい優秀だなぁ……」
イメリがディレンに教えたのは剣である。といっても、彼女の剣術はその無骨さと無作法さから邪剣と呼ばれ、世話係などからかなり顰蹙を買ったのだ。
「もちろん、先生に教わったことも忘れてませんよ。有事の際には手段を選ぶな、ですよね」
「そうそう。見た目の綺麗さなんて気にしちゃだめだよ。どんな方法を使おうと勝たなきゃ意味がないんだから……って、昔話をするためにわたしを呼び止めたの?」
ついつい思い出話に興じてしまいそうになったが、イメリは何か用があったのではないかとディレンに尋ねる。
「あ、いえ、先ほど謁見の間の前を通りかかったら、ちょうど父上と先生が話していたので」
それで追いかけてきたのだという彼に、イメリは笑みを引き攣らせた。あの場面を見たということはつまり、彼女が縁談で相手に大怪我を負わせたことも聞いていたのか。
「先生が結婚相手を探しているとは知らなかったので、つい好奇心が働いてしまいました。てっきり結婚には興味がないのかと」
「あぁ、はは、ははは……まぁ、興味ないけど……いい相手がいたら別にしてもいいかなぁって」
それにディレンは僅かに目を伏せる。続け様に質問を口にする彼は、イメリからすると珍しかった。
「いい相手、というのはやはり、自分よりも強い方、なんですか?」
「いやいや、わたしより強い男探したら選択肢がなくなっちゃうじゃないか。わたしよりか弱い旦那様だろうと、全力でお守り申し上げる所存だよ」
「……なるほど」
ディレンがこんな野次馬のようなことをするなんて珍しい、そう思いながらも納得してしまう部分はある。何せ彼に剣の稽古をつけていた頃のイメリは、恋愛事や異性には一切関心がなかったからだ。ついでに姫君に一目惚れされた頃でもある。
それにディレンはとある理由からまだ婚約すらもしていない。今後を考える上で何か参考にでもするのだろう。
「きっといい相手が見つかりますよ」
「だといいけど」
投げやりにイメリが言うと、ディレンはどこか含みのある笑みを浮かべる。
「ところで先生、実は折り入って頼みたいことがあるんですが、宜しければ僕の執務室に来ていただけませんか」
「頼みたいこと?」
「あと、教えてほしいこともあるのです」
果たしてディレンに教えられることなど剣以外にあっただろうか。そう思ったイメリは首を傾げた。
「それってわたしに教えられることなの?」
「もちろんです」
「ふーん。じゃあ、久しぶりに可愛がってあげるよ、ディレン」
背伸びしながら両手を伸ばし、彼の綺麗な金の髪をわしゃわしゃと撫で回す。懐かしい触れ合いにディレンが幸せそうに笑っているのを見て癒されていると、誰かが彼女の手を掴んだ。
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