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11-01 危険な兆候?

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「成果報告……」


 暗殺者ゲブラー。ファーストコンタクトから現在に至るまで、今のところ反抗の意思はない。諜報員との関係は良く、最初の取引も彼のほうから持ちかけてきたこともあり、懐柔できる可能性がまだ十分存在すると言える。

 特に誰に読ませるわけでもない形式的な報告書を打ち込んでいると、携帯が鳴り響く。思わずゲブラーからの呼び出しかと思って身構えかけるも、それはスタールからの電話だった。


「もしもし先輩、お疲れ様です」
『っ、ノイナ……久しぶりだね』


 少しだけいつもと雰囲気の違う声に、ノイナは首を傾げる。そういえばスタールは長期任務中だったと聞いていたのだが、まだ任務中なのだろうか。


「どうかしました? ちょっと、お疲れです?」
『そうだね、任務が終わってすぐかけてるんだ』
「そんな急に……ゆっくりおやすみしてからでもいいんですよ?」


 土産の話をしてくれるのはとても嬉しいことなのだが、それでスタールに負担をかけるのは本意ではない。そう伝えるも、スタールの返事は相変わらずだった。


『任務が終わったあとは、……、すぐに、君と話がしたいんだ』
「そう、なんですか? あ……お仕事、大変でしたか?」
『ふ……それは、秘密。でも、こうしてノイナと会話できているということは、そういうことだよ』


 よく分からない言い回しだったが、電話をする気になれるくらいには元気、ということなのだろう。
 もしかして敵地から全速力で離脱したあとなのか、スタールの呼吸は少しだけ不規則な感じがした。それが妙に色っぽくて、ノイナはじわりと顔を赤くしてしまう。


『ノイナ』
「なんでしょう」
『戻ったら……、その、一緒にディナーでも、どうかな』
「え、いいんですか?」


 珍しいお誘いに驚いていれば、是非、とスタールは答えてくれる。任務達成のちょっとしたお祝い気分だろうか。
 ある意味ノイナも任務が上手く進んでいるとも言えるので、ちょうど一緒にお祝いができるかもしれない。


「晩御飯といえば、前に先輩の家でご馳走になった手料理、すごく美味しかったです。あれはお店レベルですよ。また機会があったら食べたいなんて思っちゃうくらい」
『っん……』
「せ、先輩? 大丈夫ですか? もしかして怪我とか……?」


 聞こえてきた呻き声にノイナが慌てると、彼はすぐに大丈夫だと言う。優秀な彼のことだ、怪我したとしてもそこまで酷くはないだろうが、それでも心配になる。
 スタールは大きく息をつくとしばらく黙り込む。黙って続きの言葉を待っていれば、優しくて少し甘い声が聞こえてくる。


『任務は終わったけど、長官から少し野暮用を押し付けられてね。本部に戻るのは一ヶ月近く、先になると思う』
「はい、分かりました。気をつけて帰ってきてくださいね」
『ああ。また、ノイナ……早く』


 妙なところで電話は切れる。どうかスタールが怪我をしていたり、疲労から病気を患っていませんようにとノイナは祈った。そもそも彼は仕事のしすぎなのだ、もう少し休んでほしいと素直に思う。
 だからこそディナーのお誘いは嬉しかった。普段仕事か仕事のための勉学くらいにしか時間を割かなさそうなスタールが、自分から休息しようとしてくれたことが。


(そういえば、スタール先輩にもゲブラーの任務のこと、伝えちゃだめなのかな……)


 できれば彼からも助言が欲しいなと思いつつ、ハニートラップやってますと彼に言うのは恥ずかしい気もする。けれど仕事なのだから、それは恥ずかしがるようなことではないのだろう。スタールもハニートラップの経験は十分にあるはずなのだから。


「あとで上司に聞いてみようか……とにかく続きを書こう」


 それからしばらく時間をかけて適当に成果報告を終わらせ、ノイナは大きく息をついた。そして書いた報告を見直しながら、ここに敢えて書いていないことを思い返す。
 ゲブラーは今の所十分にコントロールできている。彼の暗殺による被害はノイナの国に出ていないし、ノイナを殺すだのなんだのという脅しも最近は特になかった。

 そしてなにより。


「……あれなぁ」


 ノイナの頭に浮かぶのは、以前別れ際に渡されたものだった。

 家に戻って開けてみれば、それはネックレスだった。高級そうな見た目にビビって恐る恐るどれくらいの品なのかと宝石店で軽く調べてもらえば、出てきた回答にノイナは思わず悲鳴を上げてしまいそうになったものだった。

 シンプルな見た目ながらも、使われている宝石はまさかのダイヤモンド。これを一体どうすればいいのか分からなかったノイナは、ひとまず家の金庫にしまっておくことにしたのだ。


「なんであんな高いものを……っていうか、まさか盗品じゃないよね……?」


 ゲブラーが仕事の一環で盗みまでしている、なんて話は聞いたことはない。だが契約の関係でそういう報酬を受け取ったことがあったとしても別におかしくはないのだ。


「はぁ……どうしよ。なんて対応すればいいの? つけるの? あんなの首に札束ぶら下げてるようなもんじゃん……!」


 なぜゲブラーがこんなものを贈ってきたのか、あまりの価値観の差にノイナは理解できなかった。なにか意図があると言っても過言ではないだろう。


「つまり……私の首に、それくらいの価値がある、と……?」


 もうすぐ殺すからそのぶんの代金払っておくね、ということなのかもしれない。それはなんとも、意外と高いと思うべきか、人の命って安いなと思うべきか。


「どっちにしろ怖すぎるでしょ……」


 うんうん唸りながらノイナは頭を抱える。惨めにも悩んでいると、かつかつと背後を誰かが通り過ぎる音がした。
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