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間話
灼架の日常
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庭に何かが投げ込まれる様な音がして、俺は仕方なく外へ出た。
庭にはいくつもの毬栗《いがぐり》が落ちていて、俺が出てきた今この瞬間にも投げ込まれてくる。塀を隔てている為に姿は見えないが、こんな事をする奴等には心当たりが大いにある。
「……何をやっている?」
普段よりも低い声が出てしまうのも溜息を吐いてしまうのも無理からぬ話だろう。
「あ、やっと気づいたか! 炎鬼! 早く出てきてくれよ!」
声と共にぴょこぴょこと猿の様な頭が塀越しに見え隠れしているのが見えた。予想した通り、それは頼みもしないのに大内裏の噂話を持ってくる様になった雑鬼達の一人だった。最初の頃は俺を見るだけで怯えた風だったのに、今では暇つぶしに来るかの様な気軽さだ。
見なかった事にして中へ戻った事も昔は何度かあったが、こいつは俺が姿を現すまでいつまでもやる。それならば面倒でも相手をした方が被害が少ないと言うものだ。
再び溜息を吐いて俺は門の方まで向かう。
「何の用だ」
門にもたれかかりながら問い掛ければ、猿の様な姿をした小さな妖は俺との距離を詰めてぴたりと目の前で止まった。
「毎回毎回炎鬼に会うのも一苦労だよな! 晴明の師匠の家は悪意がなければ入れるのに――」
恨めしそうに手を伸ばした妖は結界に阻まれ、結局手を下ろした。
晴明の施した結界のあるこの邸は、式に下った者以外の妖や物の怪の類は一切入れない。例外があるとすれば晴明自身が招き入れた場合だけだ。
それはここが京の鬼門であるが故に、どうしても陰の気が溜まってしまうから、管理しきれない状態には出来ないのだ。
もし、晴明がこの場に邸を構えずに済んでいたならば、自分の邸にこれほどまでに強固な結界を張る事はなかっただろう。なんだかんだと言いながらも、晴明は雑鬼達との会話を楽しんでいる節がある。
「……用がないなら戻るぞ」
晴明本人すらも心苦しく思っているであろう、どうしようもない愚痴を聞いてやる暇はないとばかりに踵を返そうとすれば、慌てた様に妖が用件を叫ぶ。
「そんなつれない事言うなよ!? 今日は晴明の危険を知らせに来たのに!」
「何だと……?」
動きを止めた俺にあからさまに安堵した顔を見せて妖は再び口を開いた。
「いやー、晴明ってあの通り美形だろ? その上最近じゃ妙な色気まで出来たともっぱらの話題でな」
危機だと言うのならば何故そんな悠長な態度で無駄話を続ける? 俺は訝《いぶか》しみながらも、それを指摘すれば余計に時間が掛かるのを今までの付き合いから学んでいた。
「なんて名前だったか忘れたけど……ほら、この前晴明が快癒の祈祷に行った南側にあるでっかい邸あっただろ? そこの倅《せがれ》がな、晴明にいたくご執心みたいでなー」
陰陽寮からの要請で赴いた案件であったから、俺は同行しなかったが話は晴明から聞いていた。確か中務省《なかつかさしょう》の大輔だったと思うが、晴明の祈祷のお陰で快癒に向かい、今日から復帰しているはずだ。
その倅――と言っても二十歳を超えた青年――が祈祷の翌日から礼がしたいと言う建前を振りかざして晴明を誘っているらしい。
「晴明は何度も断ってるんだけどなー。随分としつこく迫ってたから知らせに来てやったんだ。流石にあの晴明が手篭めにされるなんて事はないだろうけど一応な!」
どうだ! 偉いだろう!? と言わんばかりの態度は少々腹立たしいが、いつもの無駄な噂話よりも余程有益な話だった為、素直に礼を言っておく。
「――所でそいつの事で何か知ってる事はないか?」
晴明に聞いても上手くごまかされて終わるだろうから先手を打つ事にした。
「ん? 倅の事か? そうだなぁ。親父は綺麗な顔をしてるんだけど、息子の方は両親の駄目な所を引き継いで生まれて来たのか、どうにも残念な顔でなー。それでいながら何故か自信満々な奴なんだ。だから、晴明も周りに遠慮して素直にならないだけだと思ってるんだろうなー」
何だその勘違い男は……
「正直な所、あんまり人気がある奴ではないなー。おそらく父親ほど仕事が出来る訳でもないしなー」
聞けば聞くほど、碌でもない男だな。
「しかも晴明にそうやって粉かけていながらも、夜な夜な女のとこに通ってるんだぜー? しかも微妙な顔の! まぁ、そいつの顔を考えればお似合いと言えるんだけどーー」
「その邸は何処にある?」
まだまだ語りそうな妖の言葉を遮って俺は問いかけた。
度々話が脱線しそうになりながらも、どうにか必要な情報は引き出していく。話好きの雑鬼は嬉々として色々と語ってくれた。
「では、またなー! 炎鬼ー! 次は新月に晴明と一緒に会いに来いよなー!」
ぴょんぴょんと猿の様に屋根を飛び跳ねる様に渡って去って行った。最後まで騒がしい奴だった。
後日、雑鬼達が男の物忌の様子を面白おかしく伝えにくるのはまた別の話。
庭にはいくつもの毬栗《いがぐり》が落ちていて、俺が出てきた今この瞬間にも投げ込まれてくる。塀を隔てている為に姿は見えないが、こんな事をする奴等には心当たりが大いにある。
「……何をやっている?」
普段よりも低い声が出てしまうのも溜息を吐いてしまうのも無理からぬ話だろう。
「あ、やっと気づいたか! 炎鬼! 早く出てきてくれよ!」
声と共にぴょこぴょこと猿の様な頭が塀越しに見え隠れしているのが見えた。予想した通り、それは頼みもしないのに大内裏の噂話を持ってくる様になった雑鬼達の一人だった。最初の頃は俺を見るだけで怯えた風だったのに、今では暇つぶしに来るかの様な気軽さだ。
見なかった事にして中へ戻った事も昔は何度かあったが、こいつは俺が姿を現すまでいつまでもやる。それならば面倒でも相手をした方が被害が少ないと言うものだ。
再び溜息を吐いて俺は門の方まで向かう。
「何の用だ」
門にもたれかかりながら問い掛ければ、猿の様な姿をした小さな妖は俺との距離を詰めてぴたりと目の前で止まった。
「毎回毎回炎鬼に会うのも一苦労だよな! 晴明の師匠の家は悪意がなければ入れるのに――」
恨めしそうに手を伸ばした妖は結界に阻まれ、結局手を下ろした。
晴明の施した結界のあるこの邸は、式に下った者以外の妖や物の怪の類は一切入れない。例外があるとすれば晴明自身が招き入れた場合だけだ。
それはここが京の鬼門であるが故に、どうしても陰の気が溜まってしまうから、管理しきれない状態には出来ないのだ。
もし、晴明がこの場に邸を構えずに済んでいたならば、自分の邸にこれほどまでに強固な結界を張る事はなかっただろう。なんだかんだと言いながらも、晴明は雑鬼達との会話を楽しんでいる節がある。
「……用がないなら戻るぞ」
晴明本人すらも心苦しく思っているであろう、どうしようもない愚痴を聞いてやる暇はないとばかりに踵を返そうとすれば、慌てた様に妖が用件を叫ぶ。
「そんなつれない事言うなよ!? 今日は晴明の危険を知らせに来たのに!」
「何だと……?」
動きを止めた俺にあからさまに安堵した顔を見せて妖は再び口を開いた。
「いやー、晴明ってあの通り美形だろ? その上最近じゃ妙な色気まで出来たともっぱらの話題でな」
危機だと言うのならば何故そんな悠長な態度で無駄話を続ける? 俺は訝《いぶか》しみながらも、それを指摘すれば余計に時間が掛かるのを今までの付き合いから学んでいた。
「なんて名前だったか忘れたけど……ほら、この前晴明が快癒の祈祷に行った南側にあるでっかい邸あっただろ? そこの倅《せがれ》がな、晴明にいたくご執心みたいでなー」
陰陽寮からの要請で赴いた案件であったから、俺は同行しなかったが話は晴明から聞いていた。確か中務省《なかつかさしょう》の大輔だったと思うが、晴明の祈祷のお陰で快癒に向かい、今日から復帰しているはずだ。
その倅――と言っても二十歳を超えた青年――が祈祷の翌日から礼がしたいと言う建前を振りかざして晴明を誘っているらしい。
「晴明は何度も断ってるんだけどなー。随分としつこく迫ってたから知らせに来てやったんだ。流石にあの晴明が手篭めにされるなんて事はないだろうけど一応な!」
どうだ! 偉いだろう!? と言わんばかりの態度は少々腹立たしいが、いつもの無駄な噂話よりも余程有益な話だった為、素直に礼を言っておく。
「――所でそいつの事で何か知ってる事はないか?」
晴明に聞いても上手くごまかされて終わるだろうから先手を打つ事にした。
「ん? 倅の事か? そうだなぁ。親父は綺麗な顔をしてるんだけど、息子の方は両親の駄目な所を引き継いで生まれて来たのか、どうにも残念な顔でなー。それでいながら何故か自信満々な奴なんだ。だから、晴明も周りに遠慮して素直にならないだけだと思ってるんだろうなー」
何だその勘違い男は……
「正直な所、あんまり人気がある奴ではないなー。おそらく父親ほど仕事が出来る訳でもないしなー」
聞けば聞くほど、碌でもない男だな。
「しかも晴明にそうやって粉かけていながらも、夜な夜な女のとこに通ってるんだぜー? しかも微妙な顔の! まぁ、そいつの顔を考えればお似合いと言えるんだけどーー」
「その邸は何処にある?」
まだまだ語りそうな妖の言葉を遮って俺は問いかけた。
度々話が脱線しそうになりながらも、どうにか必要な情報は引き出していく。話好きの雑鬼は嬉々として色々と語ってくれた。
「では、またなー! 炎鬼ー! 次は新月に晴明と一緒に会いに来いよなー!」
ぴょんぴょんと猿の様に屋根を飛び跳ねる様に渡って去って行った。最後まで騒がしい奴だった。
後日、雑鬼達が男の物忌の様子を面白おかしく伝えにくるのはまた別の話。
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