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6.考え方の違い

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「! ……なんだ、レイヴンか……」

 ドアが開いたのを知らせるドアが鳴り、慌てて顔を上げたが、そこに居たのは期待した人物ではなかった。

「何だ? 俺だといけないみたいな言い方だな?」

「……悪い――」

「いや、別にいいぞ。合否通知待ってるんだろ? 珍しいリンクスが見れたしな。ソワソワしてるお前なんて貴重過ぎる」

 そう言ってニヤニヤと笑うレイヴン。

「……俺の謝罪を返せ」

「そう怒るなって。気になるなら、通知が来るまで待ってるか? そうするなら先に行って始めといてやるが?」

「いや、いい。行こう――」

 レイヴンの気遣いは有難いが、それを断り、俺は、芸術祭の準備に向かうべく立ち上がった。そもそも合否が気になると言うよりは、そっちを気にしていれば、昨日の同性愛について深く考えなくて済むと思っただけなのだ。
 それに、この街の郵便配達の時間は曖昧で、下手をすれば昼時を過ぎる。それでは余りにも、レイヴンが一人で作業を進める時間が長過ぎる。お客様から昨日の分の追加料金も受け取ったし、帳簿付けも終わっている俺には、レイヴンと共に向かうと言う選択肢以外になかった。



「どうした? そんなに気になるか? 昨日まで平気そうな顔してた癖に」

 休憩になると同時に溜息を吐けば、レイヴンにそう言われ、いつになく人間らしいな――とまで、言葉を続けられてしまう。

「普段からお前は俺を一体何だと思ってるんだ……」

「そうだなぁ。五年ほど前に感情を何処かに置いてきた奴、かな。俺はお前からの相談なんてもんは一度も受けた事はないが、一応いつでも聞く耳は持ってるんだぜ、リンクス」


「――なら、聞いても良いか? 相談と言うよりは、質問に近いものだが」

 本気とも冗談ともつかぬ口調でそう言うレイヴンに、悩んだ結果、そう問いかけた。どうせ、レイヴンのこの口調は今に始まった事ではないし、相手ににその判断を委ねる為にこいつはあえてそんな態度を取るから。

「俺に答えられる事なら」

「お前、同性愛ってどう思う……?」

「それは、俺が出来るかって話か? それならお断りだ。そうじゃなく、一般論として聞いてるってんなら、偏見はない。生産性がないとか、色々倦厭されてる理由はあるが、本人達が納得してるなら良いんじゃないのか? 流石に、この街では相手を見つけ難いだろうがな」

「生産性……と言うか何でそんなに冷静に答えるんだ」

 俺は昨日、驚いて動揺して言葉も出なかったと言うのに。

「そうだな……強いて言えば、お前を見てるとそっちの才能がありそうに見えるから。じゃないか?」

「……俺の所為かよ」

 しかもそっちの才能って何だ。だが、そこまで、抵抗無しに言われると、倫理観に悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

「――何だか知らないが、その顔は、答えが出たか?」

 やはり、レイヴンは人の表情を読むのが上手いな。表情を変えたつもりはないのに、どこか納得してしまったのを読み取られてしまうんだから。

「どうだろうな」

 今度は別の悩みと言うか、問題が発生した気がする――



 黙々と作業作業するって言うのは、考えを纏めると言う意味では、結構効果的なのだな――と身を持って体験した。天候に恵まれず、作業自体は残念ながらあまり進まなかったが。昨夜、夜組や早朝組が頑張ってくれた様で、足場組みも終わっていたし、大まかな形どりもある程度は終わっていた。だから、俺達の今日の作業目標は、大まかな形どりを完全に終わらせて、造形を少しずつ入れていく事だったのだが――今日は降雪が多くて新たに舞い降りてくる雪を退けながらの作業になってしまい、そこまでたどり着いていない。

「明日は雪が少なければいいな。芸術祭まではまだ余裕が有るとはいえ、俺達の作るものは細かい部分が多いから」

「そうだな。どうしても直前まで常に手直しが必要だろうからな」

 雪の彫刻は細かい部分が多ければ多い程、降雪を払う際に欠けてしまったりなんて事が多い。だから、何度も手直ししながら完成に漕ぎ着けて、完成してからも、積雪次第で手直しが必要になるから、直前まで担当時間は彫刻の側に居なければならない。
 まずは大まかな形を平たい専用のスコップで削って行くところからだったのだが……その側から積もって行く雪を雪かきしていたら、目標の所までたどり着かなかった。

「――悪いが、あとは頼む。降雪が多い日は進まないのも仕方ないから、無理はしないでくれ」

 夜組が到着して、いつもの様に進行状況の引き継ぎに言葉を交わして、完全に今日の準備作業を終えた。



「――いつもより品数が多くないか?」

 いつもは二品な夕食が、一つ一つの量こそ減っても五品に増えれば気付かない方がおかしい。

「やはり気付かれてしまいましたね。これ、本来は予約して滞在して下さってる方にお出ししてる夕食なんです」

 当然、毎日献立自体は違うが、四品から五品の品数で提供している特別料理だ。

「それを何故俺に……?」

「俺の――いや、俺達従業員一同の気持ち、です。予約こそして頂いてなかったですが、まだ芸術祭も始まっていないこの時期に長期滞在して頂きましたから」

 特別料理は五日前までに予約して頂ければ、提供しているものだから、お客様は今日で五泊目で、予約で一泊していただいたのと同じだろう――言う理由からお出しした。ちゃんと両親や厨房の人間をはじめとした従業員の皆にも、許可を貰っている。

「――それは、また気を遣わせてしまった様だな。有り難く頂くとするよ」

「はい。どうぞ。スープはお代わりが出来ますのでおっしゃってくださいね」

 差し出がましい事をしてしまったかと思ったが、喜んでくれている様で良かった。
 俺自身、この街から出た事がないから、お客様が聞かせてくれる話は色々と興味深かったし、行ってみたいな――と思う場所の話も聞けた。そして何より、自分の狭い価値観を広げるきっかけをくれた。お陰で、自分が何故、彼を待ち続けているのか、やっと気付く事が出来たんだ。勿論、昼間のレイヴンの言葉も大いに影響しているが。
 そんな色んな感謝の意を込めて、用意した料理は、お客様のお酒のペースも上げた様で、いつもより飲まれていたから、流石に、夜のホットワインは頼まれなかった。腹がいっぱいで入る気がしないと言う理由で。
 帰ってきてからそのまま、宿の手伝いをしているから、まだ確認出来ていない合否通知の結果を、その時にでもしらせようかと思っていたんだが、明日の朝する事になりそうだな。お客様があえて触れてこないのが、何か勘違いをされて気を遣われてる様な気がしなくもないが。



「――受かってる……」

 誰も居ないのに思わず言葉が出てしまった。部屋に戻って、机の上にある合否通知を開けば、官吏試験合格の文字と宰相府採用の文字。宰相府と言う事は地方官吏ではなく王都勤務という事で――昨日、お客様と話した内容が本当に現実になってしまった。
 俺、やっとあの彼が初恋だと自覚したばかりなんだが、俺は本当に王都へ行っていいんだろうか?
 彼が迎えにくるのを待つのを諦めきれなかったのも、彼が来た時に笑われない様にと勉強してきた事も、早く一人前だと認められたくて、成人前から手伝いをしたのも、全部全部、彼が好きだったからなんだと気付いてしまったのに。
 悩んで居た事が解決したと思ったら、次の悩みが来るなんて、気が休まる時がないじゃないか……
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