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4.目から鱗
しおりを挟む「お前は根を詰め過ぎなんだよ」
レイヴンからさっきまでの茶化す様な雰囲気が消え、真面目な声でそう言われた。
「……え?」
「この国の成人は十八歳なんだぞ? 何でそれを活用しない? お前の家はお前が遠慮しまくらなきゃいけない程貧しくはないだろ」
確かにうちは街一番の宿屋で、貧しい所か裕福な部類に入る。だが、遠慮……? 俺には、“しまくる”と言われるほど、遠慮した自覚がなかった。
「それなのにお前は十五歳から家業手伝って、その合間に勉強もこなしてた。それこそ寝る間も惜しんでな。で、官吏の国家試験を受けて、今は結果待ちだろ? お前は一体どこに向かいたいんだ」
「どこって……」
――どこだろう。
ただ、兎に角早く一人前にならなきゃいけないと思って必死だった。その為に彼との別れがあってから、すぐに両親に宿を手伝わせて欲しいと打診した。最初は難色を示されたが、何度も説得して了承を貰ったんだ。そうしておきながら、閑散期は勉強に当てて居るのは、俺の我儘で、ここへ来る度、俺に勉強を教えてくれてた彼に落胆されたくなかったから。
だから、今の状況はレイヴンの言う様な両親に遠慮してるなんてのじゃなく、俺が我儘を通した結果だ。国家試験を受けたのも官吏になりたかったと言うよりも腕試しと言う意味合いが強い。ただ、それにもし受かっていたら、彼の役に立てる事もある気がしたのも確かだが。おそらく彼は貴族子息だろうから。
「……やっぱりこの街を出て行くつもりなの?」
答えを見付けられずに黙り込んでしまった俺に問いかけて来たのは、レーヌだった。
「だから、リンクスが相手をする女の人は観光客だったり、旅一座のお姉さん達だったりだったんでしょ? 後腐れがないから」
レイヴンの問いかけにも満足に答えられなかったが、レーヌからの問いかけも同様で、答えられずにいたら、それを肯定ととったらしく、そう言葉を重ねられた。
確かに彼が迎えに来る事を期待していた。
でも、その迎えが来た時、どうなるかなんて考えてなかった。――いや、考えない様にしていた。宿屋の跡取りであると言う自覚から。
だけど、それでも今はまだここで所帯を持つ事も何故か上手く想像できなかったから、後腐れのない相手と一夜限りの付き合いしかしてこなかった。
彼が再びここを訪れるその時まで、全てを先延ばしにしたかったんだ。
そもそも、俺はこの街では毛色が違うからと言うか何と言うかで、全くモテないから、結婚を前提にしたお付き合いなど、求められた事もないが。
「……そう責めてやるなよ、レーヌ。こいつにお前を振った自覚はないんだから」
「――は!?」
レイヴンのレーヌを諌める言葉に素っ頓狂な声を上げてしまったのは俺だった。振った所か告白された覚えもないが!?
「……うん。リンクスが気付いてないのは知ってた。知ってたよ……だから、これ以上、私の傷えぐらないでくれないかな? リンクス自身もレイヴンも……」
如何にも落ち込んだ様にため息を吐くレーヌに俺は返す言葉がなかった。だが、どう言う事なのか気になるのは当然で、後で教えろ――とレイヴンに目線を送った。
あの後、気になる事は多々あったが、いつまでも会話を続けて手を止めてる訳にも行かず、レーヌからの差し入れを有り難く口にして、俺達は作業に戻る事にした。レーヌからの差し入れはいつも気軽に手で食べられる焼き菓子なんかが多い。疲れたら甘い物が食べたくなるでしょ? と言うのはレーヌの言葉だ。確かにそうで、しかも食べやすいのだから、レイヴンも俺も毎回助かっている。暖かいお茶まで水筒に入れて持ってきてくれてるしな。至れり尽くせりとは、まさにこの事だろう。自分の努力を見せる為に、食べる側への配慮がなされて居ない差し入れを貰った事もあるから、余計にそう思っている。
「キリのいい所だから、今日はここで終わるか? それとも、交代時間まではもう少しあるから、途中まででも足場組むか?」
レイヴンと今日で、二段目の足場までの新雪の積み上げを終了させる事を目標にして居たが、昨日の夜組や今日の早朝組が頑張ってくれて居たのもあって、予定よりも早く作業が終わってしまった。
芸術祭の雪の彫刻は、踏まれたりなどして、汚れが付いた雪ではなく、真っ白な新雪を彫刻の大きさまで集め、固めながら成形していく。だから、足場を組む作業と雪を集めて押し固める作業を交互に行うことになる。俺達の作る予定の王宮は、その作業を三度ほど繰り返す大きさで、横幅もそれなりにある為に、俺達の目標は足場の二段目の高さまで雪を積み上げる事だった。
雪の積み上げ自体はこの二段目の高さで終了だが、風除けも兼ねて、いつも一段高めに足場は組む様にしてある。
「ーーそうだな。出来るだけでも組んでおこう。どうしても夜の方が見にくいだろうし、少しでもその作業が減った方が安全だろう」
交代時間までに三段目の足場を組み上げ切れるとは到底思えないが、レイヴンの言葉にそう返して、足場を組む為の資材を取りに向かう事にした。そもそも、資材運びすらも終わらないうちに時間が来てしまう可能性の方が高い。
「で? レーヌの話、一体どう言う事だよ?」
その道中の時間を有効活用せずに居られるか――とばかりに、早速気になって居た話題を切り出した。
「レーヌだけに限った話じゃないんだけどな、お前、差し入れを受け取らないだろ」
「レイヴンと共に毎度必ず食べていたと思うが?」
「……あー、えーっと、差し入れの意味を理解してない訳じゃないよな?」
「当たり前だろう」
差し入れが伝統となっているのは、それをきっかけに仲が進んで夫婦になる奴等も多いからだ。差し入れの内容で相手の家事の力量もわかるしな。だからこそ、結婚願望もない俺よりもレイヴンが受け取る方がいいと思っていたんだが。
「一応言っとくが、差し入れのほとんどはお前目当てで来てたんだぞ」
「お前、モテないのか……?」
「…………言いたい事は多々あるが、黙ってた俺も悪いしな……」
俺が思わず言ってしまった言葉にレイヴンは眉間に皺を寄せながらそう言い、溜息を吐いた。
「お前と違って俺は恋人が居るんだよ。しかも、同年代の人間はほぼそれを知ってる。だから、自ずと俺目当ての人間は少ない。中にはそれでもいいって言ってくれる子もいるけどな。だけど、今の所、俺にそんな気はない。じゃじゃ馬な彼女だけで手一杯だからな。そんな状態の俺に譲ろうとするリンクスの態度は拒絶以外の何者でもないと思わないか?」
「……それは――そうかも知れないな」
そもそもの前提が俺は間違ってた訳か。それは悪い事をしたかも知れない。
それでもその好意に応えたかと言われれば別問題ではあるが。
「レーヌに関しては、脈がないと分かってても、お前と疎遠になる事の方が嫌なんだとさ。だから、お前にはっきりと気持ちを伝えるでもなく、幼馴染みの一人として居るんだよ」
「それは……」
――辛いことなんじゃないのか。
思わずそう言いそうになったが、応える気の無い俺にはどうこう言う資格もないと思い、口を噤んだ。
「だけど、お前が国家試験を受けただろ? それに合格して、町を出る様にならすっぱり諦めるとも言っていた。それこそ本当に幼馴染みとしての気持ちだけを残して、ロナウドの気持ちに応えてみようかと思っているらしい。ずっと熱烈な告白を受けてるらしくてな」
「ロナウドか。あいつはいい奴だからな。余程俺よりいいだろ」
「そうだな。この話を聞いても応える気のないリンクスより余程いいだろうな。だから、ちゃんと国家試験合格しとけよな。家の事なら心配するな。俺が継いでやるから」
「ちょっと待て、それはどう言う事だ」
「ん? あ、さっき言ってた俺の彼女ってお前の妹だ。このまま行けば、将来はリンクスをお義兄さんって呼ばなきゃいけないな。なんなら、今からでもそう呼んでやろうか?」
「…………」
どれから驚いていいやら分からず、結局感情を持て余し、黙り込むしか俺は出来なかった。心底驚くと、人間言葉が出なくなると言うのは本当らしい。
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