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出撃

35:嵐の丘で

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 昔は怖いことがあると現実から逃げたくて目を閉じ手で顔を隠した。

「りんご…聞こえる?りんご…」

 眠っていたつもりはないし目も開いていたはずなのにいつの間にか
現実ではないふわふわした世界にいた気がする。

 どこかの暗い部屋に閉じ込められて機嫌の悪いおじさんにずっと蹴られていて
涙も枯れ必死に体を小さくして痛みに堪えている自分を

 第三者目線で後ろから無言で見つめているもうひとりの自分。



「…い…ご…めんなさ…いご…め」
「りんご。りんご!」

 肩を揺られてハッと気づく。無意識に顔を覆っていた手を下ろすとりんごの口元から
ツゥっと唾液が垂れた。

 目は開いているが本当にコレが現実なのかは分からない。ここが何処でこの人が誰か
を忘れてしまったのか?何故か認識できない。
 自分は誰だったっけ?殴られている小さい子どもは自分だった、はず?

「……」
「逃げる時に怪我したみたいだね。待ってろ今回復するから」

 口をぽかんと開けたままじっとしていたら何かの粉を頭からかけられた。
それからその人がギュッと抱きしめてきて暫くすると感じていた体の痛みが抜けていき、
 温もりと匂いと心臓の鼓動を感じて。徐々に自分がりんごであると思い出した。


「サターヌ……」
「良かった。お口拭こうね」

 りんごの唇をペロペロと舐めとり仕上げに軽くハンカチで綺麗にするサターヌ。
りんごがここは何処なのかとキョロキョロ視線を向けると最初に野営した丘だった。
 馬車はあるけれど居るのは自分とサターヌだけで他2人は見えない。

「エノクさんとキトラさんは?」
「私達を逃がすのに戦ってくれてる。大丈夫適当に切り上げて来るから」
「ごめんなさい!ごめんなさい!私が魔王なんて言わなければ!!」

 思いつきで挑んでこんな簡単に上手くいくことなんて有るはず無かったんだ。
多分、本来あの場に居たのは「りんごのレベルに合わせた魔王」だったはず。
 だからエノクたちはあんなにも余裕で居たのだろう。

 それがまさか”本物の魔王”登場で全てが狂った。

「いいや。お前のせいじゃない。何れ夜母は目の前に現れたんだ。
自らがうんだ子どもを監視して管理したがるから。
特にエノクを気に入っていて自分の力の一部を与えたくらいだし」
「なんてこと……でも、その力が無ければ私は生まれなかったんでしょうね」
「そうだね」

 あの魔物への彼らの態度や話している内容からその辺の仕組みは理解出来た。

 エノクたちは彼女から生まれたコドモとして本来ならば母の命令にしたがい
戦いを繰り返さなければいいけないのに、
 彼らが転生させたりんごが戦いを嫌いむしろ反対の行動を取ろうとしたから。

 彼らがこの世界に堕ちたのも居心地を悪くさせたのもどちらも原因は、りんご。

「……私が居なければ皆」
「そ、そういうの良くない。4人で暮らして幸せだったろ?」
「幸せだったからこそ私のせいで皆が傷ついて無理をするのは辛い」

 私はどうしてこう何時も悪い方向にしかたどり着けないんだろう?

 自分の幸せよりも皆の幸せを願うのならこの体は無に返すべきだ。
彼らが等しく愛しいからこそ。
 りんごの考えを見透かしたのかサターヌは淡々と魔術を起動させる。

「悪いけどりんご。お前の手足の動きは封じた」
「サターヌ」
「皆が帰ってくるまでは私がお前をつきっきりでお世話するから。
トイレも何でも素直に言うんだよ」
「……帰ってくるかな」
「来るにきまってる。長兄は総帥。次兄は総団長なんだから」

 りんごの手と足は糸が切れたように感覚を失い全く動こうとしない。
魔女として格上のサターヌの術を解けるはずもなく。何か食べようと準備する彼女を
ぼーっと眺めるばかり。火を起こして持ってきた食料を鍋に突っ込んで。

 動けないりんごの為に甲斐甲斐しく食事を口に運んでくれて。

「サターヌおトイレ」
「それじゃあっちの茂みに行こうか」
「……サターヌ。誰も見てないしぽいって捨てちゃってもいいよ?」
「何を?」
「こんな手間かかる木偶人形」

 今なら森の魔女として男に戻る道を探しながらも平和に暮らす道もある。
 りんごという木偶人形はこれからもきっと不幸を呼ぶ。

「かかるから良いんだろ?知ってるかりんご?お前が最後に残した手紙を読んだって
エノクが精巧に作った泥人形に話しかけたって何も起こらないんだよ?声すら聞こえないんだ。
確かにお前は存在したのに。無かったことにされていくなんて耐えられないじゃないか」

 悲しげに言うサターヌの瞳は全てが黒く濁り今にも黒い涙を流しそう。

「……それが死ぬってこと、だから」

 匂いも、温もりも、記憶さえも消えていく。

「お前を見て私も急いで首を吊ったけど気づいたら魔物になってたんだ。
エノクの魂が汚染されると私の魂も反応してしまって。迷惑な巻き添えだよね」
「……」
「そんな事よりもあの気狂いクソババアだ。りんごを汚されてたまるか。
立て直してエノクたちと合流したらあいつの寝床に業火を焚べてやる」
「……、あ。サターヌおトイレ我慢できない出ちゃう…早く早く」
「急ごう!」

 術によりしゃがむこともできないりんごを抱きかかえると下着を脱がせて
スカートを捲りあげ。股を広げた状態で抱っこされた。トイレの補助なんてされたことが無い
から何が正解がは分からないけれど、とにかく恥ずかしい恰好なのは確か。

「合ってる?こんな格好えっちの時でもしたことないけど」
「分からないけどとりあえず出しちゃえ!」
「うううう……恥ずかしい…けど…も、漏れちゃうからっ」

 サターヌに抱えられ夜の闇に聞こえるりんごの放尿音。


 そして。


「おいおい……、大層なお出迎えだな」
「流石にちょっと引く…」

 もうそろそろ終わるという所で申し訳無さそうに前方から歩いてくる2人。
出血するほど傷ついてはいるが思ったよりは元気そうなエノクと獣キトラ。
 対するりんごは大股を開いて放尿。それを抱っこして支えているサターヌ。

 それぞれに視線が合う瞬間。小高い丘に衝撃が走る。

「ち、ちが!これはちゃんと理由があるんだよ!ね!りんご」
「ああああああああ!見ないで!こんな姿を見られたらもう生きていけない!」
「や、やめてりんご!それっぽい事言わないでっ」
「俺たちが居なくて気がおかしくなったのかサターヌ」
「無理やりやらせるなんてそれじゃただの変態じゃないか」
「違うって!」
「は、離してサターヌこの格好で話ししないでっ」

 兄弟からの疑惑を払拭するのとりんごを慰めるのにサターヌはかなり苦労した。
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