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出撃
34:鮮やかなフラグ回収
しおりを挟むこんな所で何をやってるんだろう私?と恐怖が一周回って冷静になる。
ああ、短い木偶人生。
魔王と対峙した時。
これはキトラに破滅願望があると思われても仕方ないと思った。
「……」
覚悟したはずなのに動けないどころか言葉も出ない。足腰がガクガクして立って
いるのがやっとで短剣を手に突撃なんて到底無理。
この大きな女の姿をした魔物は今までのどの種類とも違う。
聞いていたような山よりでかい訳じゃないにも関わらず止まらないこの怖気は
まるでおじさんと一緒に居た時のよう。
弱いものをいたぶるのが好きで苦しいこと辛いことを平気でやる。
芯から恐ろしい存在。
「久しいのう愛しの坊やたち。妾の手元よりこぼれ落ちてどれほど経ったか」
「どうしてここに?ここにはキエラゴが居たはずだが」
「あの醜悪な肉団子か?ホホホホっ。ここで大人しく消化されておる」
「食べたのか」
「いつまでも見張りに行かせた部下が戻らないわけだ」
身動きが取れないりんごを他所にエノクとサターヌは1歩前に踏み出る。
彼らも様子をうかがっているような感じで今まで見せたことのない空気。
これが王と呼ばれる存在。
にしては武器を構え戦う素振りを見せないのは何故だろう。
「妾の嫌いな匂いを撒いてくれたせいで好きに近づけぬというに。
さっさと来ないから悪いのじゃ。……それで、コレがそうか」
ギロリと爬虫類のような黒く細い目でりんごを見る。
「……っ」
その瞳の大きさにまたゾワッとするが視線を逸らすことも無理。
「話しがあるのなら私たちが聞く」
その前に立ちふさがるサターヌ。
「何をそう怒る?妾はお前たちの母ではないか?そのお前たちが作った
木偶人形を見てみたいと思って何が悪い」
「…え…?」
「聞いてないのか木偶人形よ。このダーウィズンに巣食う魔物の母たる妾が
契約主としてこの哀れな双子に新しい体と力を与えたのじゃ」
「……、それで。夜母様。ただりんごが見たかっただけですか?」
「それにどうして私達がここに来ることをご存知で」
「妾には全てが見えている。閉じこもっていたお前たちが外に出る事は良いことだ。
このまま我が手元へ戻っておいで。
この木偶人形も一緒に可愛がってやろう…ふふ、美味しくは無さそうだが」
楽しげにりんごを見るとペロペロっと長い舌が楽しげに踊る。
これは性的にでなく本当に食べる気がある素振りのようでゾッとした。
「僕たちはこれから新しい国を作る。それで忙しいのです」
「ほう。お前にそんな野望はないと思っていたが。面白い」
「最近やたらと僕の元へ逃げてくる魔物が増えたので。
どうせならきちんと整備したほうが利益になると思ったまでです」
「では他の王たちと争う気まではないと?」
「はい」
「それはそれで退屈じゃな。せっかくお前たちを魔物にしてやったのに。
天界の勇者として名を馳せたお前たちがどんな娯楽を運んでくるかと思えば。
こんな木偶人形にのぼせ上がり発情し憂さ晴らしするだけ…うーん」
「僕たちは彼女が必要なんです。貴方が危険な時は馳せ参じて戦いますから。
それではお気に召しませんか」
「召さんな。妾に挑むものは多いがどれも小物で腹に消えるばかり。
手強い古代の獣どもが姿を消していき新しい魔物はどれも屑。退屈は嫌いじゃ。
お前が国を作ったとて他の連中を潰しに行く気がないなら今の生活とかわりない。
ああ、……そうだ、この木偶人形は妾が預かろう」
「え」
「こんなものお前たちを捨てた妹の代わりの愛玩人形ではないか。
コレがどうなっているか分からないまま他の国を1つ潰すごとに1日会える。
お前たちが攻め込むほどに魔物たちも凶暴化して強い軍団を築く!どうじゃ?
その方がずっと楽しいじゃろう?魔物世界はもっと激しくあるべきじゃ」
ニヤアっと笑う顔は何処かエノクと似ている。母というのだから彼女を模して
魔物としての彼は作られたのかもしれない。つまり見えていない下半身は大蛇。
りんごはただ大人しく彼らの話を聞いているしか出来ないけれど。
でも、今度こそ覚悟は出来た。
このまま怪物の元へ行くことになったら突撃して死ぬ。
彼らとの生活が終わるならそれは三巡目のりんごの人生も終わるとき。
おじさんの元へは帰らない。
「エノクどうしよう」
「お前はりんごを連れて逃げろ。僕が時間を稼ぐ」
「お前1人じゃ無理だ。そんなの出来ない」
「りんごを守れ」
「あのばか兄さんまたこんな時に居ないっ」
2人の切迫した声が聞こえる。分が悪いのは何となく分かった。
「私フラグを回収します!2人とも逃げてください!」
だから短剣をギュッと握りしめて。2人の間をぬってりんごは走る。
目指すは大きなお腹をさすっている巨大な魔物。
私は主役を守るために死ぬ雑魚。それで十分生きている意味があった。
怖くて挫けそうな自分を鼓舞するためりんごは叫びながらの突撃。
「うわああああああわああああ………ぁああああああああぁ~!?」
してたのに何故か体が勝手にUターンしてエノクたちの元へ戻る。
もちろんこんなシリアスな場面でギャグ漫画みたいな事をしたいわけじゃない。
体が、というか持っていた短剣が引っ張られるように勝手に動いたような。
あれ?あれ?と首を傾げるりんご。
「りんごっ」
涙目のサターヌがかけよってりんごを抱きしめる。
彼らの前にすっと立つエノクは槍を構えると3人の後ろから
グゥルアアアアアアアアアアアアアアッッッッ
洞窟内に地響きと共に凄まじい咆哮が響き渡った。
りんごは驚いてサターヌに抱きつくが彼女もよろけて地面に倒れる。
エノクは辛うじて立ち魔物の母も一瞬表情を変えた。
「ホ……ほ、ほほほッ。これは獣王殿…!!!!!天界の総帥との一騎打ちに敗れた
誇り高き王がまたその哀れな姿を晒すとは珍しい!」
だがすぐにパチパチと拍手をして出迎える。
「兄さん」
「怪我は無いか」
入り口の穴から入ってきたのは気高き獣の王。
エノクに声をかけるがその黄金の瞳は鋭く夜母を睨みつけたまま圧倒し
彼女の動きを封じる。
「どうしたらいい力を貸して兄さん」
「サターヌと共にりんごを外へ連れて行け。夜母とはここで決着をつけるとしよう」
「夜母は卑怯な手も平気で使う。俺も残る。サターヌ行け!とにかく遠くへ行け!」
「分かったっ」
未だにショック状態から抜け出せないりんごの手を取り走るサターヌ。
残ったのはエノクと獣キトラ。
「そんなにあの木偶人形が恋しいのか?妾はお前と会いたかっただけなのに。
だからこそこんな無防備な姿なのだぞ?母を甚振って楽しいかえ?ボウヤ?」
「貴様の相手は俺だ。古代の種同士どちらが上か決めよう」
「ふん!貴様からは厭味ったらしい光の気配がする!その上そんなお利口な言葉を吐くとは。
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「グゥッ……グゥウウウウウウ………、全くだ。不愉快でならぬ…
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「キィヒヒヒヒッ……っその喉…目玉…内蔵…美味そうだ…存分に楽しませて貰うぞ」
放心状態のりんごが意識を取り戻したのはそれから暫く経過した後だった。
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