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27:聖魔の君臨者

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 それでももう無理ですとりんごが泣き顔で音を上げた事により玩具の選定は終了。
眠気が襲ってきてそのまま眠ってしまい起きてもベッドでごろごろとする。

「まだ刺激欲しい?もう在庫無いんだけど」
「違います。私ずっと考えてたんですよこの地域のこと。エノクさんの領地」
「そう、なんだ。暇だったんだね。ごめんね魔王の所に中々行けなくて」

 ぼんやりしていたりんごに問いかけると思いがけない言葉が帰ってきた。
領土という意識すらなかったエノクは素で驚く。

「1人でお使いをするようになってこの辺を歩いたりするようになったので。
それで気づいたんです。この辺一帯に名前がないですよね。この際付けませんか?
ここに来たら皆が平和に暮らせるって一発で分かるような温かい地名を」
「集まってきた連中が適当に集落を作って暮らしてるだけだよ。名前がつくと目立つ。
勢力を広げたい訳でも権力を示したいわけでもないんだし」
「ピースフル国。ラブアンドピースランド。ラブ……ラブエノク」
「話を聞いて?あと、僕の名前入れたらりんごのことちょっと嫌いになるから」
「何でっ」

 勝手なことが許されないエノクが管理し実質支配しているこの平和な地域。
既に名の付いた村も幾つかあるのに実は全体的な地名がない。
ということも彼女に指摘されて初めて気づいたくらいに興味がなかった。

 そもそも何でそれを今彼女が気にするのかもよく分からない。

「名前を得ると自由が形となって最後には”敵”を作り争いを招く」
「純粋に呼び名が無いと困りません?」
「いいや。あ、でもりんごを頂点として王国を作るの悪くないなぁ」
「魔物の世界で王国を作る?それって」
「魔王だね。いや、魔王女か」

 そう言えば我らが討伐予定の魔王は無事淘汰されているそうで。
今なら挑んでも大丈夫だと報告が上がっている。
そろそろ攻め時だ。
 りんごとの日々が平和すぎてすっかり記憶の彼方だったけれど。

「魔王の国はどんなものなんでしょうね。行ったことあります?避難してきた魔物から
話を聞いているとちゃんと名前があって、階級があって食べ物を治めるたり労働力として
下級だとかなり搾取されて辛いと言ってました。
それってまるで人間の世界みたい…命をすぐ奪われる所は少し違うけど」

 りんごの頭の中では悪いやつを排除したら後は自動的に平和になると思っていた。
けれど人間の世界とそう変わらないのなら物語のようにはいかないのかもしれない。
 実はとても難しい問題だったかもとまた唸って悩み始めた。

 もの凄く聡明という訳ではないが根から真面目で優しいりんごらしい悩み。
 エノクは苦笑してそんな彼女の頬を撫でる。

「君の好奇心はこの狭い世界では足りなくなりそうだね。移動の魔術を覚えてしまったら
あっという間に遠くへ行くんだろうな」
「ひとりで遠くへ行っても仕方ないですよ。私は弱い。よく分かってる」

 光に照らされている間だけ自由に動けて闇に飲まれたら二度と戻れない。
 限定的な世界にだけある自由と一時の平和。

「深く考えた事がなかったけど。名前をつけてもいいよ」
「やった」
「国として成立させてもいい。そこでは君を魔物の聖女として祭り上げ
誰もが恐れ多くて触れられなくしてしまうんだ」
「聖女ですか。さっき散々太い棒を突っ込んだくせに」
「魔物だからそこは大らかなんだ」
「なるほど」
「悪くない。となればさっさとあのブッサイクな魔王を打ちのめして」
「不細工なんですか?あ。もしかしてお知り合い?」
「魔王が美形だったほうが良いの?」
「そこはやっぱりグログロさんよりは綺麗な方が頑張りがいがあります」
「りんごは面食いなんだね。あ。だからキトラ兄とかサターヌに弱いの?」
「エノクさんも格好いい。ギザギザなお口大好き」
「……整形しようかな」

 エノクはりんごを風呂に行かせると自分は早速自分の部屋に戻り大きな用紙にペンをとる。
彼の思い描く壮大な野望はここに来て大幅に変更。
 当初の目的だった適当に作り上げた魔王を倒し素材を手に入れりんごの耐久力を上げたら
仕上げとして子どもを生ませる。後はずっと家族で幸せな暮らし。

 それよりも更に崇高で永遠に彼女を手元に囲える方法。

 こんな簡単な事に何故気づかなかったのか?



「俺を呼んで何をする気だ」
「そんな警戒しないでよ兄さん!」
「お、おい。変だぞエノク。妙な薬でも飲んだのか?」

 あっさりとりんごをサターヌの元へ送り返した後。エノクに呼ばれて城へやって
きたキトラだが弟の明らかに異常なテンションにかなり警戒している様子で
 エノクが笑顔で歩み寄ると彼は何歩か後ろに下がった。

「違うよ!僕は国を作る事にした!」
「大きな声で叫ぶな。国を作る?お前はそんな野望を持たなかったろ」
「僕の国じゃない。りんごを頂点とした平和な国だよ!そう大きくなくていい」
「それでお前は魔王にでもなって彼女を永遠に自分のものにする気か?
やはりお前は独裁者の道を選ぶんだな。母親たちと同じで」
「違う。そんな事をしたらまた同じことの繰り返しじゃないか?あんな権力に溺れ
腐りきった老いぼれ連中とは違う、僕らはりんごの為に尽くす!
型にはまった正義など必要ないが御使いの頃のように忙しく働くんだ」
「りんごにだけ権力を与える狙いは?あの子がそれを望むとは思えない」
「権力なんて汚らしい言い方しないでくれ。僕らはまさに聖女と護衛だ。
清らかで美しい関係。彼女が望む世界を作り守り愛しい聖女を永遠のものとする」

 エノクがこんなにも声を張ってハツラツとした表情を見せるのは久しぶり。
妹を人間へと転生させられる方法を見つけた時とよく似ている。
 もしかしたら再び手元へ取り戻す際も同じ様子だったかもしれない。

「お前の気迫にはついていけないが話は面白い。それでせっかく用意した魔王はどうする」
「ああ、倒すよ。さっさと行こう。そこでりんごに野望をもたせるんだ」
「野望」
「僕が決めた道のりで行けば魔王討伐なんてあっという間に終わってしまうだろうけど。
実際はもっと魔王たる魔物が世界に居ることを教える。もっと困っている連中が居ると。
それで戦いは必要なんだと思わせる。後は僕がやる」
「……」

 恐る恐る尋ねるとエノクはキョトンとした顔で返す。

「弟がこんなにもやる気なんだ。邪魔はしないよね」
「必要なら手も貸す」
「ありがとう。因みに国の名前はまだ決まってないんだ。りんごの趣味が絶望的で」
「じゃあお前が考えたら?」
「ガジガジ。ドロドロ。ブブブ…?」
「そんな国には俺は住まないぞ。お前の趣味も絶望的じゃないか…」

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