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戦いに向けて

15:魔物進化論

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 目元が隠れて見えなくても焦っているのが感じ取れるエノク。
 欲望に忠実であるほど強いとされる世界だというのに。

「僕らには?」
「愛があります」
「他の雑魚たちには?」
「ありません」
「だから?」
「みだりに敵に近づかず隙を見せず体を守ります」
「そう。しっかりと学べたね。良かったね」

 愛を求める魔物。それはりんごも同じだけど。
 彼は人として生きたことはないはずなのにまるで人間のような事を言う。

 サターヌとも毎日違和感なく会話しているからりんごは自分が魔物で
魔物と暮らしているという実感はさほどない。
 彼らの見た目や能力こそ想像する怪物ではあるけれど。

 比べられるようなこれぞ「魔物」というものに出会ってないから?
魔王と対峙する前にもっと積極的に世界に出ていって出会うべきなのかも。
 そしてもっと深く知るべき。

 だけど、彼らの側を離れるのはまだ怖い。あまりにも弱い自分。


「こんな箱入り状態で魔王と戦う日は来るでしょうか」
「それってもしかして俺に質問してる?」
「してます。キトラさんは陣地外も自由に散策しているってサターヌが言ってました。
エノクさんも貴方は魔物への深い知識があるって」

 お茶とお菓子をもらって休んでいると直ぐ側を歩いて行くキトラ発見。
慌てて追いかけた。それから先程の出来事と自分の疑問をぶつけてみる。
 相手は困ったような面倒そうな顔で少し考えて。

「俺が答えるまでもない。その頭で理解していると思ったけど?」
「はい。今更とは思いますけど……」
「弟たちと違って俺はそれほど世話焼きじゃない。相談したいならサターヌがいい。
でも最後に決めるのは自分だ。せっかくの自由意志を無駄にしないように」
「はい」

 今のりんごには戦う勇気も実力も何も足りない事はよくわかっている。
少し魔術を覚えた所で彼らには足手纏にしかならない事も。
エノク、サターヌ、そしておそらくキトラも戦いにかけては相当強い魔物。

 だから城なんて持てるのだろうし女でも1人で暮らせる。自由に動ける。

「やめたいと思ったら早めに言った方がいい」
「それはありません。また今日も困って逃げてきた魔物を見ました。
私は砕けてもいい。こんな世界でも生きる意味はあるって希望を与えたい。一瞬でも…」

 人形が馬鹿な夢を語って無謀に挑んで死んだだけで話にもならないとしても。
何の抵抗もできず逃げることも出来ないでただ怯えていたりんごにとっては
 十分満足な生き方だと思える。

「君は破滅願望でもあるの?死に急ぐほどこの世界が嫌とか?」
「いいえ。この世界にも体にも満足しています。
魔王に体当たりしてやろうなんて思ってないですよ。例えです例え」
「良い気はしないな。弟たちがまた絶望するような例えは…ね」
「すみません」
「同じようなセリフを昔も聞いたような気がする。
君を人間に転生させる時に記憶は抜いたと言ったけど、もしかして君……?」
「サターヌにも言われます。妹さんと似たようなことを言うって。
何処かで欠片が残っているのかもしれないですね。私は、私だけど」

 夢見がちで性交でレベルアップする基本は雑魚の木偶人形。
 果たして3人に「妹」の木偶として大事に思われる要素は有るのだろうか。

「もし記憶があったらこんな兄たちをみてがっかりしたろうね」
「皆さんが元気で仲良しな事が分かればきっとすぐ馴染みますよ」
「そうかな。……おっと。エノクから呼び出されてるんだ。ごめんね」
「聞いてくれてありがとうございます」
「次はもっと楽しい会話がいい。じゃ」

 足早に去っていくキトラを見送り、りんごも自分の席へ戻る。
エノクがわざわざ呼んで話をする訳だからもしかして魔王の居場所等の
進展があったのかも。
 だとしても自分は呼ばれていない訳なので大人しく待つのみ。


「遅いよキトラ兄。まさかまたりんごに手を出してたんじゃ」
「どういう事だ?」
「はいはい違うから。遅れたのは悪かったよ。いいから話を聞かせて」

 エノクの指示によりとある部屋に集合する兄弟。キトラが入ると既に
サターヌも居て見るからに寝不足のイライラした顔で睨んできた。

「僕らが討伐する魔王の情報を共有する」
「魔王ってもプルンプルンした単純な生物なんでしょ。不死の」
「城へ向かうための地図も用意した」
「城っていうかただのデカい洞窟だし」

 エノクが机の上に広げたのは厚手の用紙に描かれたこの土地から
目的地までの地図。
 それと図解で記された「魔王」の姿。特徴。注意点など。

「この順路なら少々時間はかかるが毒や凶暴性の高い魔物との遭遇は避けられそうだね。
それでも多少の戦闘は避けられないけど」
「いいじゃない。ちょっとくらい危険があったほうが楽しそう。りんごだって
自分の魔術を実際に敵に使ってみたいはずだから」
「さて。あの箱入りが敵を前に怖気づかず動けたら良いけど」
「そぉやってすぐ冷たく言い捨てるのほんと嫌い」
「癖なんだ。悪かったねお嬢ちゃん」
「うっしそこで突っ立ってろその頭ふっ飛ばしてくれるっ」
「煩いな。こっちがまだ説明してる途中じゃないか聞けよ」

 今にもキトラに飛びかかりそうな顔のサターヌだったが
 エノクの言葉に渋々黙り説明の再開。

「内容は把握した。で、りんごには何時説明する」
「僕が今からしてくる」
「私も行こうか」
「風呂で彼女の体を”点検”しながらの説明だけど来るか?」
「誰が行くか馬鹿」

 滾々と冷静に説明をし終えると資料を残し部屋を出ていくエノク。
りんごに説明するのならせめて地図くらいは持っていってやるべきだと
思ったけれど目的地が風呂場なら要らないだろう。

 呆れ顔のサターヌとそれよりも資料を眺めているキトラ。

「突撃して首をとる事しか興味が無かったエノクが防御を考えるとは。
ちゃんと夜は安全な場所で眠れそうだし…これは成長なのか進化なのか」
「そこに私が魔法陣を組めば完璧な防御になる」
「とても良い。楽ができそうだ」
「あと獣からりんごの体を守る魔法陣も描こうか迷ってる所」
「下手をするとお前も襲いにいけないからね」
「私は獣じゃない。何時だって同意を得て愛し合ってるんだっ」
「……」
「だ、だからさ!その兄貴ヅラした余裕の笑みをやめろ!ほんとムカつく!」
「何も言ってないのに」

 部屋を出ていっても廊下でぎゃあぎゃあとキレているサターヌの声。
あの調子では暫く家で休んだほうが良さそうだとキトラは苦笑した。
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