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不幸中の幸いはカトリーナとリロイの間に子供ができなかったことだ。
子供がいれば簡単には離婚はできず、問題はもっと拗れていただろうし、仮に離婚できたとしても次の相手に期待できないだろう。
だが新たな相手に期待できないことはカトリーナも両親も理解していたが、このまま誰とも結婚しないと諦めてしまうにはカトリーナはまだ若く、良い出会いがあれば、と消極的な期待を抱いていた。

難しいはずの相手探しだったが、ローウェル・エマニュエルという侯爵令息からカトリーナに会いたいという申し出がブレムナー伯爵家に伝えられ、このようなチャンスは二度とないと両親のほうが盛り上がってしまった。
カトリーナも結婚に希望は抱いていなかったが、せっかく先方から会いたいと望まれたのだから会うことにした。

「お会いできて嬉しく思います。ローウェル・エマニュエルと申します」
「カトリーナ・ブレムナーです。あの……もしかしたらあのパーティーの会場にいらしましたか?」
「はい」
「その節は見苦しいものをお見せしてしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、カトリーナ嬢に非はありません。謝罪は不要です」

会ってみればローウェルはリロイの関係者であり、良くも悪くもカトリーナのことを知っているということだ。
それを踏まえてカトリーナに会いたいと申し出たのだから、冷やかしや更なる屈辱を与える意図がなければ悪い相手ではないのかもしれない。
カトリーナはローウェルの意図を探るべく、慎重に会話を進めた。

会話はローウェルの身の上話になっていた。

「そうだったのですか。婚約者がそのような人だったとは、何と言葉をおかけすればいいのかわかりません」
「婚約解消されて良かったと思いますよ。だって奪おうとした相手があのリロイ殿ですから」

ローウェルの婚約者だったアリッサは、事もあろうかローウェルに婚約解消を求め、リロイと婚約しようとしたのだ。
カトリーナと離婚したリロイは独身だが、メイと結婚することになるのは関係者であるなら周知の事実。
ローウェルはリロイの同僚であり、アリッサもリロイとメイのことは知らないはずがなかった。
それでも優秀と評価されるリロイに乗り換えるため、奪ってやろうという気概の持ち主。
条件で乗り換えるあたり愛情なんて存在しておらず、ローウェルが婚約解消を受け入れたのも当然だった。

「それにしてもリロイ様は随分人気なのですね。意外でした」
「人気かもしれないけど全然羨ましくないね。だって群がる女性があの性格だから……」
「ええ……」

略奪上等なメイに、それを更に奪ってやろうというアリッサ。
呆れるローウェルにカトリーナも心の奥底から同意できてしまった。

「きっとリロイ殿の本当の能力を知ったら思い描いていたようにはならずに問題を起こすに決まっていますよ」
「まさかリロイ様はそこまで能力が高くなかったのですか!?」
「ええ。成果が出たのは偶然でしょう。それでも成果を出したのだから能力があるのかもしれませんが、二度目はないでしょうね」

カトリーナは不思議とローウェルの言い分に納得できてしまった。
少なくない時間をリロイと過ごし、リロイがそこまで優秀ではないと察するところがあったのかもしれない。
あるいは直感的なものだったのかもしれない。
するとリロイを奪い合うメイとアリッサの存在が滑稽に感じられてしまった。

「リロイ様にはお似合いですね」
「全くです。カトリーナ嬢にはリロイ殿なんて何ら見合わなかったと思いますよ」
「そう感じられましたか。実は私も婚約中からずっとリロイ様とは合わないと思っていました。ここだけの話ですよ?」
「はい、承知しています」

悪戯っぽく笑うカトリーナにローウェルも同じように返した。
これが二人の距離を詰めるきっかけとなった。
お互いが秘密と呼べないような秘密を共有したことでお互いが正直に考えを言うようになり、言ってみれば話が合うことも実感できた。
二人は盛り上がり、予定の時間を過ぎてもまだ話したりないと感じていた。

感じていたのは話したりないということだけではなかった。

「……そろそろ解散しないといけない時間ですね。名残惜しいです」
「また会えることもあるでしょう。ローウェル様が望むのであれば私は喜んで応じますよ」
「カトリーナ嬢、実は僕は欲張りなんです。貴女を他の誰にも渡したくはありません。結婚を前提に婚約してくれませんか?」

その言葉はカトリーナも密かに望んでいたものだった。
短い時間とはいえ二人の間には他の誰とも感じることのなかったものがあり、もし運命という言葉があるならこの二人の出会いこそがその言葉なのだろうとお互いに思えた。
チャンスを逃したくないのはカトリーナも同じだった。

「よろしくお願いします」

笑顔で受け入れたカトリーナに、ローウェルも飛び切りの笑顔を向けた。
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