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リロイの同僚であるメイは雑用担当の平民だった。
平民とはいえ貴族との血縁があり、裕福な商家の娘でもあり、十分な教育が施されている。
研究職は男性が多く、貴族や貴族の援助を受けた優秀な平民が多く、もし貴族に見染められれば玉の輿も狙えるため、雑用とはいえこのような職場に入れたことをメイは感謝していた。
こうなれば後は有望な相手との玉の輿だが、下手な相手を選ぶと一度きりのチャンスを逃してしまうため、慎重に相手を選んでいた。

(どうせなら平民よりも貴族よね。最初から平民狙いなんて負け組じゃない。狙うなら貴族しかないわ)

欲望に忠実なメイは身分で相手を絞り込んだが、貴族は既婚者か婚約者のいる人しかいなかった。
しかも若手となると候補者は数人しかおらず、その中でも一番将来が有望な人をターゲットに選ぶのは自然なことだ。

(優秀と評判だし成果も出したリロイ様しかないわよね。奥様もいるみたいだけど、私が本気を出せば楽勝よね)

既婚者を奪えば間違いなく問題になるが、そこは愛の力でリロイに守ってもらえばいいとメイは考えた。
多額の慰謝料を支払うことになろうがリロイが将来その数十倍、数百倍のお金を稼げば些細な問題だ。
夫の金は自分の金と考えるメイにとってリロイは格好の獲物にしか見えなくなってしまった。

そして露骨なアプローチが始まった。

「リロイ様、いつもすごいですね。尊敬しています」
「……ああ」
「奥様が支えていると聞きましたが、どういったことをしているのでしょうか? 参考までに私に教えてくれません?」
「……」

メイが絡んでくるようになり、リロイは鬱陶しいと思っていた。
メイは雑用係とはいえ一応同僚なので適当に相手をしていたが、このままでは研究に集中できず、どうにかしなければならないと考えていた。

メイもメイで、会話が盛り上がらないことでリロイへの評価を改めることにした。

(会話が苦手って研究者にありがちよね。でも得意分野なら喜んで話してくれるかも?)

相手の話したいことを気分良く話してもらう作戦に切り替えた。

「ところでリロイ様、ここに使われている理論なのですが――」
「おおっ、そこが気になるとは目の付け所がいいぞ。その理論は絶対知っておくべきだな。何しろ――」

まるで別人のように熱く語り出したリロイにメイは驚き、自分の作戦は間違っていなかったと成功への第一歩を踏み出した実感が得られた。

リロイは考えることが好きだったが、自分の興味があることを話して聞かせることはもっと好きだった。
特にメイは笑顔で聞いてくれたためリロイの語り口にも熱が入り、周囲の注目を集めようがリロイは気にすることもなく話し続けた。

(ちょっと、引くくらい語られているんですけど)

自分の作戦が本当に成功だったのか疑問を抱くくらいリロイは熱心に語り、メイは嫌な顔をしないよう注意し聞き続けた。
一応研究に関することだったのでリロイの独演は不問だった。

「いやあ、有意義な話ができて良かったよ」
「それは何よりでした。また教えてくれますか?」
「もちろんだとも!」

うんざりしている内心を隠し、略奪のためにリロイに取り入るべく心にもない事を言うメイ。
あまりにも良い笑顔のリロイに引きつつ、玉の輿のために我慢する。

リロイも今までにない充実感を覚えていた。
今まで女性相手に語り始めれば相手が嫌な顔をしたり気付けばいなくなっていたりしていたため、また教えてほしいと言ったメイの反応は初めて経験するものだった。

(こんなにも俺のことを理解してくれる女性がいたのか)

カトリーナはあまり関わらないことで悪くない関係を築いていたが、最近は何かと言葉をかけあう関係になり、少々鬱陶しいと感じていた。
それに比べてメイは自分を気持ちよくさせてくれ満足させてくれる存在だった。
異なるタイプとはいえ比べることはでき、比べてしまえばメイのほうがリロイの満足感は高かった。

(もしかしたらこれが愛というものなのか!?)

愛を知らないリロイにとって、嫌な顔をせずに話を聞いてくれたメイは愛があるからだと結論を出した。
そのように愛を向けられ自分も気分よく語れたのだから、自分もまたメイのことを愛しているのだと結論に達した。
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