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(どうにかしたいのにどうにもできないなんて……)

ミシェルはルービン男爵家の令嬢であるが、それだけだ。
強力な伝手もなければ問題解決のために使える金銭もなく、結局どうにもならないまま数日過ごすことになり、自分の無力さを痛感していた。

家にいるよりも外に出たほうが良い案が思いつくかもしれないと考えたが、今日も何の収穫もなく、失意のまま帰路についていたときのことだった。

「すみません、ミシェル嬢。少々よろしいでしょうか?」
「貴方は……オーティス様。いいですよ」

話しかけた男性はオーティス・ラングレイ。
子爵家の令息であり領地を持たない貴族家の者同士、面識はあったが親しくする間柄ではなかった。

断るのも失礼であり、もしかしたら問題を解決するヒントを得られるかもしれないという淡い期待もあり、立ち話ではあるがミシェルは応じることにした。

「ダグという男はご存じですよね」
「はい。つい先日も顔を合わせました」

ミシェルは縁談だとは伝えずに肯定した。
わざわざ名指しなのだから何らかの意図があるに決まっており、警戒もあって情報を与えたくなかったからだ。

オーティスは気にした様子もなく続ける。

「もし相手に不信感を覚えたなら詳しく調べたほうがいいですよ。差し出がましいようで申し訳ありません」
「えっと……それってどういった意味でしょうか?」
「ダグと婚約したいなら相手のことをよく調べて納得してからのほうがいいと思います。どうするかは自由ですが、僕はそれだけは伝えたかったもので」
「……わかりました。わざわざありがとうございます」
「では」

必要な用件を伝えたオーティスは立ち去り、ミシェルは見送った。

(何だったの? 何か知っていて私に調べるように仕向けたかったようだし……。オーティス様は悪い人ではないから私の不利益になるようなことはしないと思うけど……)

縁談のことを知っていたのは驚きだったが、貴族の縁談ともなれば目聡い者は目を光らせているものであり、ダグに関してはダグ自身が言い触らしている可能性もあるとミシェルは考えた。
どこで縁談のことを知ったのかはともかく、問題はどうしてダグのことを調べるように伝えたのかだ。

(まさか私のことが好きだからダグとの縁談に嫉妬したとか!? ないわね……。それならこんなに回りくどいことをするはずがないし)

堂々と愛の告白をされれば意識していなかったオーティス相手でも婚約を考えたかもしれない。
オーティスはラングレイ子爵家の令息なのだから、それだけに注目すれば悪い相手ではない。

だがそのようなことよりも、今はダグのことを調べるか否かが問題となった。

(ダグのことを調べるとなるとお父様の力は借りられないわね。その前に反対しそうだし、これは私の独断で動いたほうがいいかも)

ダグに入れ込んでいる父親は頼れず、かといってミシェルだけではどうにかすることもできず、オーティスの意味深な発言により事態はますます混迷しただけだった。





ミシェルはどうにもできず、ただ時間が過ぎるばかりだった。
どうにかしようにもどうすればいいのかもわからず、今日もまた何の成果もなく、失意のまま帰路についていたときのこと。

「あっ」

前回と同じ場所での、偶然とは思えないタイミングでのオーティスとの再会。
オーティスは待っていたのだからミシェルはきっと自分に用があるのだろうと思い、オーティスに話しかけた。

「あの、オーティス様」

事情を説明しようとしたが、あれだけ言われて何の成果もない自分が恥ずかしく、ミシェルはどうしたものかと言い淀んでしまった。
オーティスはそのようなミシェルに助け舟を出す。

「その後いかがですか?」
「上手くはいっていません。ダグのことを調べようとしたのですが、伝手もなくて……。それと……お金も……」
「それなら僕がどうにかしましょう。調べた結果を報告書にまとめます。それでいいでしょうか?」

特に金銭的な理由を打ち明けることはルービン男爵家の恥でもあり抵抗があったが、オーティスの厚意を活かせなかった理由を説明しないほうが失礼だと考え、ミシェルは言葉尻を濁しながら伝えた。
だがオーティスは特に表情も変えず、ミシェルにとっては願ってもない提案をしてくれた。

「よろしいのですか? オーティス様の負担になってしまいますが」
「もし心苦しいのであれば後で何らかの形で返してください。これは貸しにしておきます」

背に腹は代えられず、ミシェルはオーティスの厚意を信じ受けることにした。

「わかりました。必ずお返ししますので、どうかよろしくお願いします」
「任されました」

オーティスはどことなく得意気のように感じられ、それまでとは違った印象をミシェルは抱いた。

(不思議な人よね、オーティス様は)

詳しく知らないだけではなく、どこか怪しげで陰があるようにも感じられ、こうやって話してみるまでは近寄りがたい印象を抱いていた。
しかしオーティスの言葉はミシェルを助けようとしているものであり、厚意なのか好意なのかは判断できなかった。

いずれにせよミシェルはオーティスを頼りにしていた。
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