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落ち着いたマーガレットはスティグラー伯爵に事情を説明し、マーガレットがブレントンから受けた仕打ちが明らかになるにつれスティグラー伯爵はブレントンを絶対に許さないという怒りが強まる。
怒りが強まるのはウォレスも同じであったが、護衛としての役目を全うするため何かできるはずもなく、心の奥底で怒りの感情を燃え滾らせることになった。
その場にブレントンが追い付いた。
ブレントンにとっては物々しい集団が領主夫人であるマーガレットに何かしようとしている構図であり、必然的に強気で相手を非難することになる。
「お、お前たちは何をしている! ここをベイトマン男爵領と知ってのことか!」
「ほう? 私の顔をもう忘れてしまったのか?」
「お、お前……いえ、貴方はスティグラー伯爵ではありませんか。どのようなご用件で?」
ブレントンはスティグラー伯爵が馬に乗ってやってくるイメージがなかったため強気で出たが、正体を知った今、下手に出るしかなかった。
変わり身の早さに不快感を覚えたスティグラー伯爵だったが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「ちょうど良かった。ブレントン、お前にマーガレットのことで訊きたいことがあって、わざわざやってきたのだ」
「先触れもなしにやってくるとは礼を欠いているのではありませんか?」
「一刻を争うような娘の一大事となれば先触れなど出す余裕はなかろう。それに礼を欠いたのはブレントン、お前のほうだ」
先制攻撃とばかりに難癖をつけたブレントンだったが、スティグラー伯爵をお前呼ばわりしたことに加えマーガレットの扱いもあり、どう考えても自分に非があると理解した。
かといって素直に謝罪するようなブレントンではない。
「……それでご用件はどのようなものでしょうか?」
「……マーガレットから話は聞いた。随分と酷いことをしてくれたようだな。弁明の余地もないが釈明するか?」
強引に話題を変えることで余計な追及を乗り切ろうとしたブレントンに対しスティグラー伯爵は思うところがあったものの、今はそれよりもマーガレットの件のほうが優先すべきことだった。
スティグラー伯爵が選んだものは追い込みをかけることだった。
「ここはベイトマン男爵領であり俺がベイトマン男爵だ。ここでは俺が法だ」
「なるほどな。あくまでも敵対することを選ぶのか。スティグラー伯爵家の総力を挙げて受けて立つがいいのか?」
どう言おうが言い逃れることは無理だと判断したブレントンは自らの立場で乗り切ろうとしたが、もしスティグラー伯爵が総力を上げれば蹂躙されるのは自分のほうであり、状況はますます悪化しただけだった。
それを挽回すべく、今度は正論で回避する。
「戦争は民に被害が出るから避けるべきだ」
「ふむ、それは一理あるな。では決闘で解決するか? 私が勝てばマーガレットを離婚させる。お前が勝てばマーガレットへの仕打ちは不問としよう」
ブレントンは20代半ばであり身体的には40代後半に差し掛かっているスティグラー伯爵よりも有利であり、剣術もそれなりに心得があったため勝機は十分にある。
マーガレットの件を不問にできるなら決闘は悪くない選択に思えた。
決闘は命を失う可能性もあったが、暗黙の了解で命までは奪わないというルールが存在している。
ブレントンは負けてもマーガレットと離婚するだけでありリスクは低い。
「条件はそれだけか?」
「ああ。マーガレットを離婚させればそれ以上の罪は問わない。スティグラー伯爵の名にかけて誓おう」
「もう勝った気でいるのか。甘く見られたものだな。条件を書面に残すか? 後になってごねられたら堪らないからな」
「まさか貴族が約束を違えるような恥ずかしいことはすまい。書面は不要だ」
軽い挑発により相手の冷静さを失わせる戦いは既に始まっている。
「いいだろう、受けて立とう」
「わかった。では決闘成立だな。もう退けないぞ」
「退くはずがない。勝つのは俺だからな。怪我を負っても恨むなよ」
「それはこちらのセリフだ」
こうして決闘することが決まった。
「では代理人としてウォレスを選ぶ」
「はっ! 必ずや勝利しましょう!」
「何だと!?」
護衛の騎士の一人が返事をしたことでブレントンは慌てた。
相手がスティグラー伯爵だと思っていたから決闘に応じたのであって、現役の若い騎士が相手なら勝利の可能性は極めて低くなる。
ブレントンにとって完全に想定外のことだった。
怒りが強まるのはウォレスも同じであったが、護衛としての役目を全うするため何かできるはずもなく、心の奥底で怒りの感情を燃え滾らせることになった。
その場にブレントンが追い付いた。
ブレントンにとっては物々しい集団が領主夫人であるマーガレットに何かしようとしている構図であり、必然的に強気で相手を非難することになる。
「お、お前たちは何をしている! ここをベイトマン男爵領と知ってのことか!」
「ほう? 私の顔をもう忘れてしまったのか?」
「お、お前……いえ、貴方はスティグラー伯爵ではありませんか。どのようなご用件で?」
ブレントンはスティグラー伯爵が馬に乗ってやってくるイメージがなかったため強気で出たが、正体を知った今、下手に出るしかなかった。
変わり身の早さに不快感を覚えたスティグラー伯爵だったが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「ちょうど良かった。ブレントン、お前にマーガレットのことで訊きたいことがあって、わざわざやってきたのだ」
「先触れもなしにやってくるとは礼を欠いているのではありませんか?」
「一刻を争うような娘の一大事となれば先触れなど出す余裕はなかろう。それに礼を欠いたのはブレントン、お前のほうだ」
先制攻撃とばかりに難癖をつけたブレントンだったが、スティグラー伯爵をお前呼ばわりしたことに加えマーガレットの扱いもあり、どう考えても自分に非があると理解した。
かといって素直に謝罪するようなブレントンではない。
「……それでご用件はどのようなものでしょうか?」
「……マーガレットから話は聞いた。随分と酷いことをしてくれたようだな。弁明の余地もないが釈明するか?」
強引に話題を変えることで余計な追及を乗り切ろうとしたブレントンに対しスティグラー伯爵は思うところがあったものの、今はそれよりもマーガレットの件のほうが優先すべきことだった。
スティグラー伯爵が選んだものは追い込みをかけることだった。
「ここはベイトマン男爵領であり俺がベイトマン男爵だ。ここでは俺が法だ」
「なるほどな。あくまでも敵対することを選ぶのか。スティグラー伯爵家の総力を挙げて受けて立つがいいのか?」
どう言おうが言い逃れることは無理だと判断したブレントンは自らの立場で乗り切ろうとしたが、もしスティグラー伯爵が総力を上げれば蹂躙されるのは自分のほうであり、状況はますます悪化しただけだった。
それを挽回すべく、今度は正論で回避する。
「戦争は民に被害が出るから避けるべきだ」
「ふむ、それは一理あるな。では決闘で解決するか? 私が勝てばマーガレットを離婚させる。お前が勝てばマーガレットへの仕打ちは不問としよう」
ブレントンは20代半ばであり身体的には40代後半に差し掛かっているスティグラー伯爵よりも有利であり、剣術もそれなりに心得があったため勝機は十分にある。
マーガレットの件を不問にできるなら決闘は悪くない選択に思えた。
決闘は命を失う可能性もあったが、暗黙の了解で命までは奪わないというルールが存在している。
ブレントンは負けてもマーガレットと離婚するだけでありリスクは低い。
「条件はそれだけか?」
「ああ。マーガレットを離婚させればそれ以上の罪は問わない。スティグラー伯爵の名にかけて誓おう」
「もう勝った気でいるのか。甘く見られたものだな。条件を書面に残すか? 後になってごねられたら堪らないからな」
「まさか貴族が約束を違えるような恥ずかしいことはすまい。書面は不要だ」
軽い挑発により相手の冷静さを失わせる戦いは既に始まっている。
「いいだろう、受けて立とう」
「わかった。では決闘成立だな。もう退けないぞ」
「退くはずがない。勝つのは俺だからな。怪我を負っても恨むなよ」
「それはこちらのセリフだ」
こうして決闘することが決まった。
「では代理人としてウォレスを選ぶ」
「はっ! 必ずや勝利しましょう!」
「何だと!?」
護衛の騎士の一人が返事をしたことでブレントンは慌てた。
相手がスティグラー伯爵だと思っていたから決闘に応じたのであって、現役の若い騎士が相手なら勝利の可能性は極めて低くなる。
ブレントンにとって完全に想定外のことだった。
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