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「もう嫌! こんな生活、もう耐えられない!」
伯爵家の令嬢として育ったマーガレットの手は白く透き通った美しいものだった。
それがメイドとして働かされ、掃除や洗濯のせいで見るも無残に荒れてしまった。
手だけではなく心も消耗し、他のメイドからも見下される日々に耐えるのも限界だった。
だがサボりは許されず、メイド長からの叱声が飛ぶ。
「そんなこと言ってる暇があるならさっさと片付けなさい! そんな甘いこと許されるはずありません!」
「……」
「何か不満でもあるのですか、奥様? それならご主人様にも報告しなければなりませんが」
「……」
口でこそ奥様とは言うが、メイド長の態度は領主夫人に向けて良いものではない。
それを許すのはブレントンの意向が働いているからであり、メイド長の強気の態度の理由でもある。
最初はもう少し甘い対応だったが、少しずつ厳しい態度へと変化し、今では当たり前のように叱声が飛ぶようになっていた。
せめて敬意を持って接するならマーガレットも許せたかもしれないが、こうも悪意で難癖のように言われ、しかも脅すようにブレントンの名を出されれば我慢できたものではない。
泣きたくなっても泣いてしまえば負けを認めたように思え、ましてやメイド長の叱声で泣いたとなればスティグラー伯爵家の恥となる。
泣けないが耐えるものも無理であり、もういっそのこと全てから逃げ出したいとマーガレットは思ってしまった。
(いつまでこんな日々が続くの? その先に希望なんてないのに。どうして私はこんな扱いをされないといけないの? お父様に手紙は届かなかったの? 私の助けを求める声が届かなかったの? もう嫌、逃げ出したい……)
疑問を抱けば逃げ出したくなり、逃げ出す選択肢を選ぼうとすれば逃げ出す以外のことは考えられなくなる。
このまま父親の助けを待つほど余裕がなく、マーガレットは思い切った。
(もういいわ。このままなら何をしても私は救われないもの。逃げてやる。逃げてブレントン様の扱いを広めればブレントン様も言い逃れできないかも)
そのまま逃げられれば良し、逃げられずとも領民の目の前でブレントンが醜態をさらせばブレントンを非難する気運も高まる。
騒ぎを起こせば誰かの知るところになり、助けにきてくれるかもしれない。
マーガレットにとって逃げる選択は魅力であり救いだった。
――マーガレットは走り出した。
「あっ、待ちなさい!」
メイド長が慌てて制止の声を上げるがマーガレットは止まらない。
他の使用人たちもマーガレットを扱き使うことはあっても暴力沙汰は厳禁であったためマーガレットを止めることはせずに見ているだけだった。
マーガレットは屋敷から出ても走り続けたが、体力のなさから走り続けることはできなかった。
それでも早足で、少しでも遠くへ行こうとした。
「マーガレットが逃げただと!? どうしてそんなことになったんだ!」
「申し訳ありません」
「謝罪で済む問題ではない! マーガレットがある事ない事言い触らしたらベイトマン男爵家がまずいことになるかもしれないんだぞ! そんなこともわからないのか!」
「申し訳ありません」
マーガレットが逃げたことを報告したメイド長はブレントンの八つ当たりを受け理不尽だと感じていた。
「仕方ない、追いかけるか。所詮女の足だ。今なら追い付けるだろう」
どこまで逃げられているかわからないが、ブレントンはあくまでも余裕を演じ楽観的なことを口にした。
大事にすれば衆目に晒され事態を秘し隠すことが難しくなるため、使用人の手は借りず、自分だけでどうにかすることにした。
(まずい、まずいぞ! 早く捕まえないと本気でまずい! どうしてこんなことになった!?)
ブレントンは必死に走りマーガレットを追いかける。
今になって自分のしたことを後悔しつつあったが、それもマーガレットを捕まえれば問題をなかったことにできると都合良く考えた。
スティグラー伯爵はベイトマン男爵邸の近くまでやって来ていた。
「そろそろ着くな。……あれは?」
早足に歩くメイド服を着た若い女性が近づいてくることをスティグラー伯爵は確認した。
暗殺者という可能性を警戒した騎士たちがスティグラー伯爵の周囲を固めるが、ウォレスは近づいてくる女性の正体にいち早く気付いた。
「マーガレット様!」
「何だと!?」
「ウォレス? お父様も!?」
ウォレスの声に驚いたのはスティグラー伯爵だけではなく、マーガレットもだった。
マーガレットは走り、馬から降りたスティグラー伯爵の胸に飛び込み泣き出した。
「お父様! お父様!」
「もう大丈夫だ」
スティグラー伯爵はマーガレットを優しく抱きしめた。
なぜ娘がメイド服を着ているのか、やつれている理由も疑問だったが、今はマーガレットが落ち着くことをスティグラー伯爵は優先した。
伯爵家の令嬢として育ったマーガレットの手は白く透き通った美しいものだった。
それがメイドとして働かされ、掃除や洗濯のせいで見るも無残に荒れてしまった。
手だけではなく心も消耗し、他のメイドからも見下される日々に耐えるのも限界だった。
だがサボりは許されず、メイド長からの叱声が飛ぶ。
「そんなこと言ってる暇があるならさっさと片付けなさい! そんな甘いこと許されるはずありません!」
「……」
「何か不満でもあるのですか、奥様? それならご主人様にも報告しなければなりませんが」
「……」
口でこそ奥様とは言うが、メイド長の態度は領主夫人に向けて良いものではない。
それを許すのはブレントンの意向が働いているからであり、メイド長の強気の態度の理由でもある。
最初はもう少し甘い対応だったが、少しずつ厳しい態度へと変化し、今では当たり前のように叱声が飛ぶようになっていた。
せめて敬意を持って接するならマーガレットも許せたかもしれないが、こうも悪意で難癖のように言われ、しかも脅すようにブレントンの名を出されれば我慢できたものではない。
泣きたくなっても泣いてしまえば負けを認めたように思え、ましてやメイド長の叱声で泣いたとなればスティグラー伯爵家の恥となる。
泣けないが耐えるものも無理であり、もういっそのこと全てから逃げ出したいとマーガレットは思ってしまった。
(いつまでこんな日々が続くの? その先に希望なんてないのに。どうして私はこんな扱いをされないといけないの? お父様に手紙は届かなかったの? 私の助けを求める声が届かなかったの? もう嫌、逃げ出したい……)
疑問を抱けば逃げ出したくなり、逃げ出す選択肢を選ぼうとすれば逃げ出す以外のことは考えられなくなる。
このまま父親の助けを待つほど余裕がなく、マーガレットは思い切った。
(もういいわ。このままなら何をしても私は救われないもの。逃げてやる。逃げてブレントン様の扱いを広めればブレントン様も言い逃れできないかも)
そのまま逃げられれば良し、逃げられずとも領民の目の前でブレントンが醜態をさらせばブレントンを非難する気運も高まる。
騒ぎを起こせば誰かの知るところになり、助けにきてくれるかもしれない。
マーガレットにとって逃げる選択は魅力であり救いだった。
――マーガレットは走り出した。
「あっ、待ちなさい!」
メイド長が慌てて制止の声を上げるがマーガレットは止まらない。
他の使用人たちもマーガレットを扱き使うことはあっても暴力沙汰は厳禁であったためマーガレットを止めることはせずに見ているだけだった。
マーガレットは屋敷から出ても走り続けたが、体力のなさから走り続けることはできなかった。
それでも早足で、少しでも遠くへ行こうとした。
「マーガレットが逃げただと!? どうしてそんなことになったんだ!」
「申し訳ありません」
「謝罪で済む問題ではない! マーガレットがある事ない事言い触らしたらベイトマン男爵家がまずいことになるかもしれないんだぞ! そんなこともわからないのか!」
「申し訳ありません」
マーガレットが逃げたことを報告したメイド長はブレントンの八つ当たりを受け理不尽だと感じていた。
「仕方ない、追いかけるか。所詮女の足だ。今なら追い付けるだろう」
どこまで逃げられているかわからないが、ブレントンはあくまでも余裕を演じ楽観的なことを口にした。
大事にすれば衆目に晒され事態を秘し隠すことが難しくなるため、使用人の手は借りず、自分だけでどうにかすることにした。
(まずい、まずいぞ! 早く捕まえないと本気でまずい! どうしてこんなことになった!?)
ブレントンは必死に走りマーガレットを追いかける。
今になって自分のしたことを後悔しつつあったが、それもマーガレットを捕まえれば問題をなかったことにできると都合良く考えた。
スティグラー伯爵はベイトマン男爵邸の近くまでやって来ていた。
「そろそろ着くな。……あれは?」
早足に歩くメイド服を着た若い女性が近づいてくることをスティグラー伯爵は確認した。
暗殺者という可能性を警戒した騎士たちがスティグラー伯爵の周囲を固めるが、ウォレスは近づいてくる女性の正体にいち早く気付いた。
「マーガレット様!」
「何だと!?」
「ウォレス? お父様も!?」
ウォレスの声に驚いたのはスティグラー伯爵だけではなく、マーガレットもだった。
マーガレットは走り、馬から降りたスティグラー伯爵の胸に飛び込み泣き出した。
「お父様! お父様!」
「もう大丈夫だ」
スティグラー伯爵はマーガレットを優しく抱きしめた。
なぜ娘がメイド服を着ているのか、やつれている理由も疑問だったが、今はマーガレットが落ち着くことをスティグラー伯爵は優先した。
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